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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■この程度のことならまだ自由にモノが言えるとは思うが/映画『タッチ』
 役者に目を移せば、双子の俳優二人の演技はどうでもいいとして(笑)、問題は長澤まさみである。『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』や『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』に小美人の片割れとして出演しているから、それと認識してもいいはずなのに、『世界の中心で、愛をさけぶ』まで私は全く注目できていなかった。アイドルを見抜く目が衰えたか(笑)と思ったが、未だにこの子が売れてしまったのは何かの間違いではないかという気がして仕方がないのである。庶民的で可愛い子だとは思うが、正直、イメージは地味で化粧っ気もなく、華のある役者だとは言いがたい。けれど、コギャル(もう死語か?)的なアイドルが増えている中ではこの清純さが反作用的に輝いて見えているのではないか。
 ヒロインがヒロインとして輝くのは、観客が「惚れる」瞬間を作り出せるかどうか、そこに掛かっているのだが、そのためにはヒロインをある程度突き放して、少し「遠い存在」として描かなければならない。アイドルには憧れるための「適度な距離」というものがあり、あまり近すぎても困るのである。その点で行けば、長澤まさみのアップはこの映画の中ではいささか多すぎる。カメラが長澤まさみに惚れすぎているのである。これでは逆に観客は彼女に乗り切れない。
 今、ナマの南ちゃんを演じられるのは彼女くらいしかいないのかもしれないとは思う。新体操やってくれないのは痛恨の極みだが(創作ダンス踊るくらいで誤魔化してんじゃないよ)、小林信彦が「デビュー当時の香川京子に雰囲気が似ている」と評したのも分からないではない。けれども、長澤まさみは今が旬かな、言い換えれば、後は下り坂になっちまうんじゃないかと思ってしまうのは、もう『ロボコン』『セカチュー』それに『タッチ』と来れば、清純な役(というよりはクセのないヒロイン役)以外はやらせようがなくなっているからだ。同じような役柄ばかり演じていれば、早晩、「飽きられる」のは必然である。いずれ「大人の役者」になるための転機が来るとは思うが、これまでもアイドルが本格的な役者を目指した時に、極端な汚れ役を演じて脱皮に失敗、という例はそれこそ枚挙に暇がないのである。
 東宝シンデレラで今もちゃんと生き残ってるのは、沢口靖子くらいしかいない。彼女だって、一時期は「危なかった」。小高恵美は今どこに行ってるのか。コスモスの二人は細々ではあるがまだ頑張ってはいるらしい。長澤まさみも十年後には「細々」となっちまう危険はあるんだけど、ちゃんと育てる気が東宝にはあるのかねえ。


 帰宅した途端、いきなり父から電話がかかってくる。また食事の誘いじゃないだろうなと思ったが、そうではなかった。
 先日、伯父が保護司として勤続30年になろうという功績が認められて、勲章をもらう話が出ていたのに、辞退したと日記に書いたのだが、どうやら辞退は認めてもらえなかったらしい。新聞に、伯父の受勲の記事が載っているというのである。
 「結局、貰ったとね」
 「それがおいちゃんも貰ったこと知らんでからくさ、テレビは来るわ、新聞は取材に来るわで、それで初めて知って、びっくりしたげな」
 「なんて勲章?」
 「よう覚えとらん。おいちゃんもよう知らんとやないかいな」
 「ホント、欲が無かね。受勲式には行っとらんっちゃろ? 勲章は送ってきたとね」
 「そやろね。で、お祝いばすることになったけん、お前も少し包まんや」
 否やもないので、承諾して電話を切ったが、「勲章を辞退した人」の話はよく聞くけれども、「勲章を辞退したのに、知らないうちに勝手に押し付けられた人」の話は初めてである。思い出したが、亡くなった祖父もまた、本人が全く知らないうちに、福岡市の準文化功労者かなんだったかに選ばれていたのだった。勲章とか肩書きが勝手に向こうからやってきてるってのも、考えてみたらものすごい話である。世の中には欲深で、名誉とか肩書きに執着する人だっていっぱいいるっていうのにねえ。
 どこの誰が受勲者を選定しているのか知らないけれども、地元でうちの一家のことを陰ながら見てくれてる人たちがいるってことなのかもしれない。となると私もあまり悪いことはできないのである。いや、してないしてない(笑)。



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11月03日(木)
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