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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■この程度のことならまだ自由にモノが言えるとは思うが/映画『タッチ』
小泉首相が参拝を続ける限り、中国は、韓国は、小泉首相を批判し、反日デモが起こり、日の丸や首相の肖像を焼き払ったり、日本料理屋が暴動で打ち壊されたりするのである。中国のバカっぷり、野蛮人ぶりが全世界に晒され続けるのだ。そして、いくら日本人の首相が参拝を続けようが、日本が全く右傾化することなく戦争を起こさず、世界平和に貢献することを続けて行けば、国内外の世論の趨勢が「どちらに傾くか」は自明のことだろう。中国だって、こんなことで日本に対して何らかの制裁措置とかができるはずもなく、せいぜい抗議を繰り返すか、会談を延期する程度のことしかできないのである。そこまで確実に読んでるよな、小泉首相は。でも、この程度の政治的手腕はちょっとでもアタマの働く人間ならできることで、即ちこれまでの首相がどれだけ無能であったかってことの逆証明になっちゃうんだけれども。
朝から天神東宝で映画のハシゴ。
一本目は『ステルス』で、実は大して興味はなかったのだけれども、職場の同僚から招待券をもらったので見に来たのである。
ストーリーは、最新鋭の人工知能を乗っけたステルス機が暴走したけど、主人公の説得で何とか事態は収めました、けれどステルス開発を指示した上司はトラブルが露見するのを恐れて、主人公もろともステルスを……ってな話。三行で内容を要約できちゃったよ(笑)。
SFとしてはあまりにも定番過ぎて、つまんないとまでは言わないまでも新味がない。この手のパターンのSFは、藤子・F・不二雄がもっと完成した形でマンガにしてるしなあ。今、どうして、こういう映画が作られなきゃならないのか、その意味が分からない。多分製作者は何も考えちゃいないのだろうが。ヒロインのねーちゃんはきれいだ。
二本目は最終日に駆け込んだあだち充原作の『タッチ』。
私はこの作品は柏葉英二郎あってこそ価値があると信じているので、彼のいない『タッチ』なんて、『タッチ』とは思えない。だから逆に、そういう思い入れは捨てて、普通の青春ドラマとして見てみると、そんなに悪い出来ではないな、とフツーに鑑賞することができはする。その点で一般的な評価も二分されるのではないかと思う。
今更『タッチ』の筋を説明する必要もなかろうが、双子の兄弟が一人の女を取り合うが、弟が交通事故死したおかげで、残された兄が弟の亡霊に悩み苦しみ、けれど愛された女も兄を救うすべを知らずに悩み苦しむというドロドロの愛憎劇である。「違うぞ」と言いたいファンもいるだろうが、『タッチ』は本質的にそういう話だ。
脚本と演出は、原作のそういう「濃い」部分を見事に見逃して、物語をきれいにきれいにまとめていく。だから、決勝戦のマウンドに立つ達也に、和也がダブって見えるシーンも、原作では和也に呪縛されるシーンとして描かれるのに(その呪縛から達也が解き放たれるために柏葉英二郎の存在が必要不可欠なのだ)、映画では達也に和也が力を貸したような、全く逆の解釈がなされている。物語を尺に収めなければならないための措置だとは言え、これはもう『タッチ』ではない。
原作ファンとしては、こんなものは到底認められるものではないのだが、犬童一心監督のこれまでのフィルモグラフィーを見ていけば、まあきれいなお話がお好きなようだから、上っ面だけの擬似恋愛ドラマにしかならないことは充分予測ができたのである。だから上っ面だけの恋愛に憧れちゃうような若い女の子とかにはちょうどいいんじゃないかと思っていたら、映画館で隣に座っていた女の子がやっぱりグスグス泣いているのであった。ちなみにしげは「退屈」の一言。しげもスレた女になりやがったなあ。って、昔からだけど。
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11月03日(木)
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