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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■『華氏911』余燼
そもそも私は、ディベートの習慣のない日本人に建設的な論争はほぼ不可能だろうと考えている。論争というものはある一定の共有されたフィールドの上でしか成立しないものなのだけれど、日常会話でだって、たいていの場合、そのフィールドをズラされちゃうことが多い。それを私は「話の次元が違うよ」と説明するのだけれど、この「次元」とか「レベル」という言葉がまた、勝手に「アタマの出来が違う」と相手に誤解されて「オレをバカにするのか!」とキレられてしまう。これはちゃんとした論理学用語で、単に「場」の違いを表してるに過ぎなくて、別に知能とは関係ない。別にこの言葉を知らなくても、文脈から「別にバカにして言った言葉ではない」ということも分かるはずなのだけど、ここで腹を立てる人は結局、「筋道立てて話すこと」「相手と意思を疎通させようとすること」自体、まるで理解できてないことが露呈されるので、「ああ、この人とは会話ができないのだなあ」ということが察せられるのである。
何が悲しいって、この経験、しげとの間で起こることが一番多いんだよな。他人だったら適当に話を合わせて会話を打ちきっちゃうんだけれど、しげとではそうもいかない。だから「どこがどうズレているのか」説明してやんなきゃならなくなる。やたらムダな会話になっちゃうと言うか、ヘタしたら徹夜で語り合ったりすることもあるのよ。からだ持ちませんて(T∇T)。
えーと、そういった体力気力の問題がありますので、一部、私の文章に不快を感じられたサイトの方、私は別に怒ってもいないし、そちらに乗りこんでいって荒らしたりする気もありません。どうぞ、ご心配なく。
毎月1日は「映画の日」なので、仕事がハケてからしげに誘われて、「ダイヤモンドシティ」に行く。
もうさすがに混んじゃいないだろう、と『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』を見たけど、お話まるで『ドラえもん』でしたね。ハリーがますますのび太に見えてくることったら。まあお話は可もなく不可もなく。オトナがみんな無能揃いってのは、いくらハリーたちを活躍させるためとは言え、ちょっとワザトラし過ぎるなあとは思ったけれども。まあ、ハーマイオニーが相変わらず可愛かったから、イイかな。グーで殴るとこ、最高(^o^)。
校長先生がマイケル・ガンボンに変わったので、先生たちが「メグレ警視と心理探偵フィッツとドーラ・チャールストンの名探偵共演だ!」と喜んでたんだけど、何のことかよくわかんないでしょうね。すみません。
予告編で、ロバート・ゼメキス監督の『ポーラー・エクスプレス』が流れたんだけれど、これ、『ジュマンジ』のクリス・ヴァン・オールズバーグの絵本『急行「北極号」』の映画化なのだね。けれど、見て驚いたのはてっきり実写映画化されるものだと思っていたら、全編CG映画になっていた。
ゼメキス監督は先日来日して、「絵本の油絵があまりにも美しかったので、その質感をスクリーンでも生かすためにはCGでやるしかなかった」とか言ってたけど、オールズバーグをバカにしてるのか? CG使ったってあの質感は再現できないよ。なんかもう「CG使わなきゃ」って信仰がアメリカの映画人の中にはできあがっちゃってるんかね。「11月に皆さんが本作をご覧になれば絶対納得するはず」とも言ってたそうだけど、既に予告編であのいかにもCGな気持ち悪い動きを見せられて「つまんなそう」としか思えなくなっちゃったんだけど。「油絵をアニメにすることが不可能じゃない」ことは、『老人と海』などでも証明されている。要は手間隙を惜しむかどうか、なんだけど、ハリウッドは最近、惜しむことしかしないもんな。
ピクサーの新作、『Mr.インクレディブル』も全然つまんなそうなんだけど、どうしようかなあ。
09月01日(水)
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