ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491678hit]
■史上サイテイの映画( ̄△ ̄#)
1、波止場で釣りをしているオジサンにサンワリくんが声をかける。
「小学生のころ 海で釣りしたことあるなァ」
2、サンワリくんの独り言。
「海は心のふるさと」
3、続けてサンワリ君の独り言。
「そうだ こどものころ歌った歌を思い出した」
4、歌うサンワリくん。
「♪うさぎ 追いし かの山♪」
驚くオジサン。
「海の歌じゃないのか」
「これはどこがどう面白いかと言うと」と林家三平師匠を呼んできて解説して頂きたいところだが、残念なことに師匠も既に故人である。
ともかく何もない。サンワリくんがただの勘違いで「山の歌」を歌っているのか、ワザと間違えているのか、そのいずれとも判別しがたいが、だからそれが何? という内容である。海なのに山の歌を思いだした、でもそれはギャグかユーモアか、そのどちらでもないのではないか。では何か。ポン、と膝を打つようなウィットでもなければ、ほのぼのとした味わいでもない。ペーソスやサタイアでは絶対にない。ほかの回ではサタイア的なものはあったかもしれないが、それも殆どヒネリというものがなかったような気がする。ともかく覚えてないから、コメントのしようがない。
これがつまらないダジャレや、下品なオヤジギャグなら、脱力したり腹を立てたり、何らかの形で記憶に残るだろうが、そういうトンガッたところが全くない。まるで、ただひたすら波もなく水平線だけが続いているようだ。古いと言えば古いのだが、かと言って。古臭くて読むにたえないわけではない。
考えてみたら、『お笑いマンガ道場』で拝見していた氏のお姿も、マンガ家のイメージとは程遠い“フツー”の人であった。“怒れるブルドッグ”富永一朗氏を「貧乏」とからかい、しょっちゅう土管に寝泊りさせたり、乞食をさせたり、逆に自分は豪邸に住んでいるとするマンガを描いていた氏であったが、それが氏の唯一の「毒」であり、またその程度のものでしかなかった。
細い目を開きも細めもせず、ニコニコ笑っている氏は、だからと言って人格者に見えていたわけでもなく、また逆に悪意ある人にも見えなかった。“飄々”と評するのは妥当だろうか、確かにそんな感じもなくはないが、風にさすらっているような雰囲気はない。でも仙人や地蔵のように悟っている感じもない。聖でもなければ俗でもなかったのだ。
結論付ければ正体不明。本当に、いったいどんな人だったのだろう? 「鈴木義司がそこにいる」、そうとしか表現のしようがないようである。そういう意味ではやはり「惜しい人をなくした」と言えようか。
読んだ本。
マンガ、遠藤淑子『退引町お騒がせ界隈』1巻、『王室スキャンダル騒動』(いずれも白泉社文庫版)。いや、『スチームボーイ』ショックが強すぎて、早々と寝たもんで。
07月18日(日)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る