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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■正月の半ばに/『天才伝説 横山やすし』(小林信彦)
 いや、70年代当時ですら、間寛平は「カカ、カンニンナ、カンニンナ」などの一発芸で受けてはいたが、芸人としての評価は必ずしも高くなかった。吉本で言えば先輩だから当たり前なのだが、岡八郎・花紀京の芸の深みに敵うものはなかった。相方との絶妙の呼吸でこずるい悪党を演じたときの花紀京は、ルーティーンに見せつつ着実に観客の笑いをコントロールしていた。
 逆に間寛平はその全盛時ですら、舞台上でつい「素に戻って」笑いの間を外すことも多かった。彼の不幸はそんな場合も客にはウケていたことだ。他の吉本のメンバーに比べ、寛平が東京進出に出遅れたのは、芸ナシの自分をどう売るか模索していたからに他ならない。
 『天才伝説』の加筆の中で、小林氏が上岡龍太郎の「やすきよが漫才史の上で過大評価されている」という言を引き、「東京の人間にはなかなか漫才の歴史が掴めない」と書いているのも正直ではある。実際、あの漫才ブームの中で本当に実力があったのは、東京ではセント・ルイスとビートたけしだったろうが、関西では恐らく中田カウス・ボタンとオール阪神・巨人である。
 ただ、カウス・ボタンの芸は実にテレビの電波に乗りにくい。ビートたけしの毒舌は「批評」であるが、カウスの芸は詐欺師・犯罪者を体現して見せるので、「こいつ、ほんまやっとるんちゃうか」と一瞬錯覚してしまうのである。「やすきよ」よりやや後輩ということもあったのだろうが、評価の高さに比べ、テレビの露出度は少なかった。
 花紀京やカウスの芸を見ている人間にとってはビートたけしの悪党ぶりもそれほどショッキングではない。私がビートたけしに驚嘆したのはその毒舌に対してではなく、相方を無視し間を外しても「狂気」でそれを補い漫才を成立させている点にあったのだ。
 『天才伝説』、解説の森卓也氏は名古屋人、小林氏よりは関西芸能に詳しい。まるで小林氏の無知の間隙を埋めるかのようにエピソードを語っていくあたりも面白いが、要はその批評のし方だ。
 「全盛期の時、きよしは、もっちゃりした個性を生かし、全速で飛ばすやすしと観客の間をつなぐ役廻りをしていた」
 この「もっちゃり」という表現が小林氏にはできない。森氏は、これらのエピソードをいくら紹介しても「全て小林信彦に収斂される」と謙遜しているが、だったら最初から書かねばよいので、これはヨイショである(^_^;)。全く、食えないジイさんであることだ。

 エドワード・ゴーリー『ギャシュリークラムのちびっ子たち』読む。
 内容は現代版マザー・グース『10人の小さな黒ん坊』と言えばいいだろうか、ただ淡々とアルファベットにのせて子供たちが次々と死んでいく。当然その数26人(^o^)、しかもそれだけでオチはない。いやあ、あっさりしてて小気味いいなあ。ゴーリーの絵本、『うろんな客』『優雅に叱責する自転車』と三冊しか邦訳されてないのがもどかしい。もっと読みたいぞ!
 でもこの本、置いてあったのがしっかり子供用の絵本コーナー。おいおい、いいのか紀伊國屋。

 帰宅して便所掃除すると、もう4時。女房に電話をして5時半に待ち合わせして映画を見ることにする。
 それまでにたまっていたビデオを少しは消化してみようと、先週から始まっているNHK教育ドラマ愛の詩シリーズの『幻のペンフレンド2001』第一回を見る。
 ビデオテープが残っていないために、往年の少年ドラマシリーズは全て名作であるかのように思われているが、リアルタイムで見ていた私にすれば、本当に名作と言えるのはせいぜい数本である。
 大体、ドシロウト同然の新人中高生を使ってドラマ作りしてるのだ。そうそう傑作揃いになるはずはない。特撮のチープさは、当時においてすら何考えてんだNHKと言いたくなるくらいで、例えば合成は必ずと言っていいくらい「ズレ」ていた。
 それでも私が欠かさず見ていたのは、かわいい女の子が出ていたからである(おいおい)。まあクラスに一人くらいはいるちょっと美少女ってレベルなんだけどさ、それが却って身近で、思春期の私はドキドキものだったのだ。
 今回の谷口紗耶香と加藤夏希の両ヒロインも若かりし頃なら燃えていたであろうかわいらしさである。さあ、果たして全12回録画しきれるか。


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01月13日(土)
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