ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491684hit]

■でもちょっとだけ長く書きました。/『雨天順延 テレビ消灯時間5』(ナンシー関)
 ベランダで火をつけるとき、ふと気づいて、「昔は茄子の馬かなんか一緒に置いとかなかったっけ?」と聞いたが、「いろいろやり方あるからなあ」と気のない返事。「最近は盆もせん家も多いっちゃないや」とやや淋しげである。
 そのあと近所のステーキ屋で分厚い肉をウェルダンで。父も生ビールを頼む。二人とも糖尿なのに何も考えていない(^_^;)。
 ふと父に「昔、外から帰ってきたときに、砂糖水を飲む習慣ってあった?」と聞く。こないだ見た映画『山の音』で、山村聰が原節子に砂糖水を頼むシーンがあったからだ(原作にもこの描写はある)。
 「さあ、知らんな」
 「映画の舞台は鎌倉なんだけど」
 「あれやないか。病院で点滴打つのと同じやないか? アレの中身がほら、あの」
 「ブドウ糖?」
 「それ。栄養つけようとやろ」
 リクツは通るようだけれど、「習慣」として、どの程度の地域でどの程度浸透していたのか、というのはよくわからない。シティボーイズのライブ『丈夫な足場』でも中村有志さんが「砂糖水を飲む」というコントがあったので、現在でもそういう人はいるのかも知れないが。

 ゆっくりしていけと言われたので、そのまま三人で漫然とテレビを見て過ごす。
 『トリビアの泉』、福岡の柳川と言えば、名物は鰻のせいろ蒸しだが、「イソギンチャクの唐揚げを売ってる店」もあるそうな。柳川に行ったことはあったけれども、そりゃ食べたことなかったな。ゲテモノはまあまあ食べられる方なので、そのうち行ってみよう。
 「中国ではパンダに性教育ビデオを見せている」っての、確かゴリラにそれやってた動物園もなかったか。あれはストレス解消のためだったかな。人間に飼われるうちに野性を無くしてしまった動物も多いから、これやってるとこって少なくはないと思うけど。
 「ハンガリー語で塩が足りないことを『シオタラン』と言う」っての、日本語との意外な類似ネタだけど(イタリア語の「タベルナ」とかな)、わざわざハンガリーまで行って撮影して来るって、なんか無駄なカネ使ってるなあ、という気が先に立ってしまって、どうもノレない。
 何度も書いてるが、ネタが薄いのは知識が基本的に偏在するものであることを考えれば特に気にはならないのである。不特定多数を相手にするテレビでは、そもそも「こんなの常識だろう」なんてのは有り得ない。自分には周知のネタでも他人には「へぇ」ってことも、またその逆もよくあることだ。要は薄いネタでもそれをどう見せるかって点なのだが、演出まで薄いんじゃどうもね。
 その点、興味を引いたのは、「ルソーは露出狂」というネタ。「ジャン・ジャック・ルソー」の名はもちろん有名だけれども、何をした人か、なんてことまで含めたら、認知してる人は少なかろう。私はかろうじて『エミール』を読んでたんで、まあ大雑把な経歴は知ってたが、露出狂かどうかまでは知らなんだ。その点も一応「へぇ」なんだが、どっちかと言うと「ルソー」がトリビアのネタに使われたことの方がずっと「へぇ」であった。
 だってMEGUMIにビビる大木、あからさまに「誰それ?」って顔してるんだもん。あのね、この人が『告白』書いてなかったら、それに影響受けた島崎藤村が『春』とか『家』とか私小説を書くことも無くって、日本に私小説の伝統もできなくて、引いては飯島愛の『プラトニック・セックス』も生まれなかったかもしれないんだよ。なんてことしてくれたんだルソー(←牽強付会を承知の上で書いてるので突っ込まないよーに)。
 なんかまたネタに突っ込み入れるだけで行数かかっちゃうのでこのへんで省略するけど、親父が見てて一番大笑いしてたのは、「秘密戦隊ゴレンジャーは鶏がらスープで敵を倒したことがある」であった。いや、これトリビアじゃないでしょ、そもそもそういうオチャラケな設定の番組なんだから。「ウルトラマンは怪獣の腋の下をくすぐって隙を作り倒したことがある」ってんなら、ウルトラマンはもともとそんなことするキャラじゃないから「へぇ」にもなろうが、ゴレンジャーでそれやっちゃ、番組自体をバカにしてるのと変わらん。こんなのネタにされてたら、特撮ファンはもっと怒んなきゃいけないんじゃないのか。


[5]続きを読む

08月13日(水)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る