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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■チョコレート一本勝負/『何だかんだと』(ナンシー関)ほか
けれど、それでもあえて言うけれど、橋田壽賀子の脚本の実力は全ての脚本家、シナリオライターの最下位に属する。
設定・構成のデタラメさ、キャラクター造型の支離滅裂さ、セリフの非現実性、なにより社会や人間を洞察する力の低さ、何一つとっても誉められる点がない。ヒトコトで言って「幼稚」。それが『渡る世間』のレベルだ。
理由は簡単で、作者がもう年寄りでボケてるからである。
なのに橋田壽賀子は未だに権威であり続けている。
ナンシーさんは、『笑っていいとも』に出続けている(2001年4月当時なので今はさすがにもういないんじゃないか)ことに対して、「つまらないからやめろというバラエティの正義を行使しても無駄であるという意識の共有」と書いている。
……そうなんだよなあ。橋田壽賀子はひとつの例だけれど、それがえなりかずきであろうと、三原じゅん子とコアラであっても同じことである。
もう、「何を言ってもムダ」な状況で、ナンシーさんが「あれはなんだよ」、と言い続けたところで、どうにもなりはしないのだ。
無理にそこでコトバを重ねようとしても、それは空回りするばかりだ。
「『好きな俳優は渡部篤郎』と言う人たちはなぜ自身満々なのか」。
ナンシーさんのこの問いかけ、つまり渡部篤郎のファンが、「私はそんじょそこらのアホタレのファンじゃないのよ、あの渡部のファンなのよ、だからアタシもエライのよ」と言いたいんだろうと分析する。
「非ミーハー宣言」「私はバカじゃない宣言」「感性に自信あり宣言」。
渡部以外でも、浅野忠信や永瀬正敏のファンはみんなそうだとも。
その分析はまあ、当たってんじゃないかと思う。
でも、エッセイの内容はそれでおしまい。っつーか、それ以上、ナンシーさんも言いようがないのだ。
その「エラソウ」な渡部ファンに何かを言ってやれるのか。
「別に渡部のファンだからって、アタマがいいわけでも、イケてるわけでもないよ? あんたはね、ただのブス」
……言ったって、しょうがないよね。
つまり、ナンシーさんのエッセイ、もうすっかり「ナゲヤリ」になってるんである。
ナゲヤリの文章を読んだってつまらない。
けれどそういう文章がまさしく今のテレビの最悪な状況の象徴ではあるのだ。
ちなみにしげは、熱烈な渡部ファンです(^_^;)。
02月04日(月)
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