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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■昨日・今日・明日/『火の接吻』(戸川昌子)
文句をつけた連中がこっちの日記を見つけたら、またぞろ「性懲りもなく」と言い出しそうだが、今度はその心配はあるまい。と言うか、アドレス教えてもいないのに勝手に探し出してまで何か言うようなら、今度こそ本気で裁判になろうがどうしようが真正面から喧嘩してやるぞ。
……と言っても、相手に対して腹を立ててるわけではないのだなあ。自分の狭い価値判断でしか、モノを見ることができないのは、全ての人間に共通する宿業である。聖徳太子じゃあるまいし、普通の人が「広い視点でものを観よう」なんて言われたって、そんな器用なマネ、そうそうできるこっちゃないのだ。だから大抵、人はただ一つの価値にすがりついてしまう。
思想、信条、信念、主義、アイデンティティ、ポリシー、何だかいろいろな言い換え方がされてるが実はこれ全部同じものだ。要するに「思い込み」。前の日記じゃ遠慮して書かなかったが、ここではハッキリ言っちゃうぞ。「この世に絶対的なものなんてあるか」
私は今回、「国賊」とまで言われたが(^o^)、これは誇りにしてよいことだろう。それだけ私の批評に、彼らの思いこみを揺さぶるだけの力があったと認められたということだからだ。弾圧を受けない言葉に力があると言えようか……って、実はそんな大したもんじゃないってこともわかっちゃいるんだけどね。
これは単に、自分の信ずるよりどころを揶揄された人々が怒っただけの話である。でも、私の軽いジャブにもならぬからかいにまで過敏に反応する人々の、その観念の脆弱さはいったいどうしたことだろう。宗教は大抵思想的な穴を埋める言い訳を用意しているものだが(例えば、「なぜ神様は人の苦しみを救わないのか?」という疑問に対して「神様は人に試練をお与えになっているのです」と答えるような)、今回、そのような言い訳がアチラの方々にはまったく用意されていなかった。
私がからかわぬでも、そのような高野豆腐のような地盤の上にある思想などは簡単に崩れる。と言うか、もう崩れちゃってるってことが、見える人には見えちゃってんだよなあ(-_-;)。
……ご愁傷様である。結局、私は彼らを哀れんでいるのだ。
今後、残りの日記も随時移行させて行くつもりである。いちいち過去ログ見る人もそう多くはあるまいが、おヒマならご参照いただき、現代の「国賊」の文章を楽しんでいただきたい。
01月30日(火)
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