ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■あなたがいてくれることのよろこびを
玄関の引き戸を開けて、足元を見渡し、溜息をつく。その瞬間、ギンは苦笑した。
「あかんなあ」
淡い期待を無意識にしていた自分に気づいての苦笑だった。
先週からずっと十番隊が忙しいことを、ギンは隊長という立場から知っている。四番隊との合同訓練、大規模な虚討伐、十番隊が取り仕切ることになっている演武会の準備もある。内部でどう動いているのかまで窺い知ることはできない。しかし、おそらく乱菊は忙しいだろう。
そんな状況の年はこれまでも何度もあった。そういう場合、乱菊はいつも、玄関前に……通りからは見えない位置に……何らかのものを置いていた。花だったり、小さな小さな根付だったり、それはとてもささやかで、ギン以外の誰にも気づかれなさそうな小さなもので、しかしギンはすぐに分かった。会えるときにはさりげなく祝ってくれる乱菊が、会えないからと示してくれる祝いの言葉だった。ギンと乱菊の居住区は離れている。それでも早朝に寄って、人目を気にしながらそっと祝う想いを置いていく乱菊を想像して、ギンはほっとするのだ。毎年。
まだ、気にかけてくれることに。
普段、会話することなどほとんどない。あったとしても他隊の隊長と副隊長としての会話しかできない。ギンはいつも、乱菊と話すときの柔らかな視線で確認する。まだ、きっと、気にしてくれている。そう考えて、その不確かさに笑う。そしてそう思う自分を笑う。
だから、一年に一度のこの日、ギンは心の底から浅ましくも安心するのだ。
乱菊から示される確かなものに。
そして今月の、乱菊の誕生日に自分が想いを示してもよいことに。
もう、あかんかなあ。
書類を確認しては隊長印を押していく機械的な作業をこなしながら、ギンはぼんやりと考える。自分の誕生日が先にあるから、ギンは乱菊から示される想いを確認できた。まだ気にしてくれている。だから、自分も想いを返すことができる。乱菊から何も示されなければ、ギンは何もできない。してはいけないように思う。ずっと、そう思っている。自分が乱菊の手を離したのだから、仕方ないと思う。
まあ、もう虫がよすぎたんやなあ。これまで。
吉良は副隊長の会議に出席している。なんとなく羨ましく感じて、そんな自分が愚かだと笑う。
一人の隊長室は静かで、机の上には吉良や隊員達からの祝いの品が置かれているのが目に入って、だから、くだらないことを考え続ける。
自分の選択に後悔はなくても、愚かしい考えは抱き続けるものだと感心してみたりする。
矛盾している。矛盾していることを自覚している分だけ、ちょっとはましになったのかとも思う。
「あ、隊長、まだいらしてくださったんですね」
吉良が驚いた顔をして隊長室に入ってきた。
「どういう意味やねん」
「いえ、そろそろ散歩に出かけてしまわれたかなと」
さらりと失礼なことを言い、吉良が手にしている書類をギンに渡す。
「会議の議事録はまだですが簡単なご報告です」
「……演武会は大規模やねえ」
「そうですね。松本さんもお忙しそうでした」
書類に目を通し、ギンは諦めた。つまらなそうな顔になったのか、吉良がお茶をいれますと言って隊長室を出て行こうとする。そうして、あ、と小さい声で吉良が立ち止り、振り返った。
「市丸隊長、松本さんからお預かりものです」
ギンは咄嗟に反応できなかった。そんなギンを気にすることなく、吉良が自分の筆入れを開けて、和紙に包まれた細長いものを取り出した。
「……なんやろ?」
「以前、筆をお借りしたのでお返しします、と仰っていましたけど」
ギンに包みを渡し、吉良はくるりとお茶をいれに部屋を出ていく。困惑するギンだけが取り残される。
筆を貸したことなどあっただろうか。全く記憶にない。だいたい乱菊に会えていない。そう思いながら包みを開くと、新品の小筆があった。
思わず、笑みがこぼれた。
見覚えがあった。個人的に愛用している、高くはないが書きやすい羊毛の小筆。使用しているものが傷んできたから少し前に店で購入しようとしたけれど、品切れで買えなかったものだ。
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01月18日(金)
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