ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■01 前兆
 白哉は一人きりだった。
 その誕生は周囲の者全員に待ち望まれ、歓迎された。父も母も、彼らに連なる多くの者も、付き従う者達も、皆、白哉を愛した。白哉はそれを幼いながらも理解していたから、自分の内に吹く木枯らしのようなものをどうにも不思議に思っていた。何故、自分はひとりきりだと感じるのだろうかと、幼い頭で懸命に考えた。それは誰にも言わなかった。皆、愛してくれていることを彼は知っていたからだ。白哉はその木枯らしのような感情を顔に出すこともしなかった。それは家の教育でもあったし、何より、周囲の人間を心配させることを白哉は望んでいなかったからだ。
 一人、白哉はその木枯らしを抱えていた。
 それをなんと呼ぶのか、幼い彼はまだ知らなかった。


 幼なじみである、かなり年上の少女はそんな白哉をかわいがった。周囲の人間とは異なる、一見すると乱暴な可愛がり方は周囲の者をはらはらさせたが、その直接的な表現は白哉にとっては心地よいものだった。白哉はその心地よさを表情に出すことは殆どなかったが、少女は無表情の中にかすかに、波間に揺れる光のように浮かぶ彼の喜びを見逃しはしなかった。
「そなたは、本当に不器用で……かわいい奴よのう」
 およそ女性らしくも若者らしくもない口調で、少女は白哉の頭を乱暴に撫でる。彼女は綺麗な黒髪を短く切り、しなやかな身体は浅黒い肌で覆われていて、まるで闇の中にいる黒猫のようだった。実際に気紛れな彼女はまさに猫のようで、もう一人の幼なじみである下級貴族の少年は毎日振り回されていた。
「いいんですよ。彼女はああでないといけませんよ」
 あるとき、白哉が少年に大変ではないのかと尋ねると彼は笑ってそう言った。普段は飄々とただ笑っているだけの少年の笑みはそのときだけは深く柔らかくなり、白哉は強烈にそれを羨ましく思った。その理由は判らない。ただ、白哉は何かを渇望した。常に静かな白哉の目は珍しい光を帯びていたのだろう。少年は白哉を見てわずかに驚いた顔をして、次に優しげに笑って彼の黒髪を撫でた。
「白哉サンにも、そのうちにそういうお人が現れますよ」
「……そうなのか」
「そうですよ。そういう巡り合わせはあるもんですよ」
 白哉の前に屈み、少年は彼の小さな手のひらをとると柔らかく握った。そして、さ、帰りましょ、皆さん心配してますよ、と言って歩き出した。


 また、白哉には幼なじみの兄妹がいた。その兄妹は白哉と同等の家柄の者だったが、どこかざっくばらんとした育て方をされていて、その言動に白哉はよく驚かされていた。
「おう、白哉」
 白哉よりも少し年上の少年は、白哉を見つけては何の断りもなく彼を肩に担ぎ上げた。
「な、何をするっ」
「何って、肩車だぜ。あっちで鬼事してるんだ。行こう」
 白哉を肩に担いだまま、少年は走り出す。白哉が頭にしがみついたまま彼の横顔を覗き込むと、少年はその睫毛がきれいに生えた大きな眼で見返して、にやりと笑った。
「もっと速く走っても大丈夫か?」
「問題ない」
 少年の笑みは決して上品なものではなく、どちらかというと粗野だった。しかし白哉はその笑みを浮かべた横顔を見ていると、どこか気後れし、そして惹かれた。
 向こうの方では彼の妹である少女が大きく手を振っている。その仕草もとても姫と呼べるものではなかったが、白哉はそれを眩しそうに眼を細めて眺めた。その姿はみるみる近づき、少年が急に止まって白哉が肩から放り出されると、その身体を少女はしっかりと受けとめた。
「兄貴、何やってんだよ。白哉が怪我すんじゃねーか」
「なあにこれくらい、白哉は平気で着地するよなあ」
 白哉は少女の柔らかい腕の中で戸惑いながらも「うむ、出来る」と言う。そして見上げると、少女の、彼女の兄とそっくりの大きな睫毛に縁取られた眼と見合った。そうすると少女はその眼を細め、ばさばさと白哉の髪をかき混ぜるように撫でて、
「お前もかわいくねえなあ」
と笑う。そしてひょいと地面に白哉を降ろした。白哉は二人の兄妹を見上げる。二人とも開放的な、何も隠していない顔で笑いかけてきた。


 白哉の両親は彼を大切に育てた。

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11月01日(木)
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