ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■2.すれ違い
 十数日ぶりに帰ってきたギンは、変な声をしていた。声を出しにくいためにしょちゅう咳き込み、そのせいか、かすれた高い声をしている。
「風邪でもひいたのかな」
 乱菊が眉をひそめて咳き込むギンを覗き込む。ギンは奇妙な顔をして首を傾げた。
「でも、頭も、痛うな、いし、熱も出と、らんし。なんやろ、なあ」
「そうねえ」
 ギンの額に自分の額を付けて熱を計っていた乱菊もまた、不思議そうに頷く。
「好き勝手にしてるからよ」
「酷いわあ」
 乱菊の言葉にギンは苦笑いを浮かべ、そして軽く咳き込んだ。
「喉でも、痛めたんや、ないの。単に」
 その話はそれで終わった。
 それが数日前のこと。

 今もまだ、ギンの声は嗄れたままだ。乱菊はさすがに心配し、近所の集落の、ときどき世話になる老婆に診てもらおうと提案した。
「あのおばあさん、色々詳しいもの。ねえったら」
「問題あらへん、て、言うとるやないの」
 出しにくそうに喉を押さえながらギンが言うが、乱菊は譲らない。
「何かあったらどうするのよ。さっさと歩きなさいよ」
 そう言って乱菊は幾つかの果実をまとめて持つと、渋るギンを引きずるようにして老婆のもとへ向かう。老婆は集落では長老として大事にされている。擦れ違う人に会釈をしつつ、二人は一番奥にある小屋に行き、開かれた入り口から中を覗き込んだ。
「……おばあさん、いますか」
「ん、ああ。森の嬢ちゃんじゃないか。どうした」
 小屋の中は薄暗く、老いた人の、その老いのにおいが微かに漂っている。老婆は置物のようにそこにいた。乱菊はお辞儀をして中に入る。その後ろからギンが続いた。
「ギンの調子がおかしいんです」
「調子、は、悪うないて」
 言い返すギンを見て、老婆は引っかかるような高い声で笑う。
「ずいぶん喉が嗄れておるの」
 老婆の言葉に乱菊は、ほらごらんと言わんばかりにギンを睨んだ。ギンは首を竦める。老婆はギンの傍によると、枯れ枝のような指で触れた。
「熱は、ないな。ちょっと眼を見せてごらん……喉は……」
 ギンのあちらこちらを診ていた老婆は少し首を傾げると、ギンを立たせて一回転させる。そしてまじまじと観察するかのように眺めると、笑った。
「ああ、なんてことない。病でも何でもないよ」
 乱菊は安堵して笑みを浮かべる。
「この声はどうしてなんでしょう。ギン、あんた変な物食べたりした?」
 ギンが呆れたように無理して声を出す。
「どうして、そないなコ、ト、言うんやろうねえ、この子は。ボクがするは、ずないやないの。君やあるまい、し」
「何ですって」
 眉尻を上げた乱菊を老婆が笑って止めた。
「違う違う。そういうことじゃないよ。坊やも気づいていなかったのかもしれんが。嬢ちゃん、坊やの顎の下を見てごらん」
 老婆に言われ、乱菊はギンを座らせると顎の下を覗き込んだ。ギンも首を傾げつつ、顎の下に手を伸ばす。
「あれ、それ、何」
 乱菊は目を丸く見開いた。ギンも指の感触に声を上げる。
「……これ、髭、やない、の?」
 顎に数本、短いが確かに硬そうな毛が生えていた。
 老婆は笑って頷く。
「そう。坊やが大きくなっているだけのことさね。声はしばらくすると低くなるよ。嗄れも治るから安心おし」
「ほな、ボク大人に、なっとるというこ、と、やね。これから、どんどん背ぇ伸び、るんやろか」
 ギンの嬉しげな声に老婆は頷き、それを見てギンは笑顔を見せた。そして横を向くと、そこで乱菊は固まったように動かずにギンを見上げている。
「どうし、たん? 乱菊? ボク、もっと強うなるんよ」
 嬉しげに言ってギンは乱菊の顔を覗き込む。乱菊は息を吸い込み、そして、
「……やだあ」
と、溜息のように呟いた。ギンが眉間に皺を寄せる。
「なんやて」
 乱菊が両頬に手を当てて駄々をこねるように体を振った。
「嫌。最悪。どうしよう。ギンがむっさい男になっちゃったら。今はこんなに可愛いのに」
「かっ、可愛いて何やねんっ」
 言葉に反応してギンが嗄れた声を上げるが、無視して乱菊は考え込む。

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01月02日(火)
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