ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■ぼくらはただそうやって世界を手にした 12
 ギンは数日のうちに、先日、馬車を襲った男達を探し出し、数人を殺すことによって男達を遠くまで追い払った。報復を考えているだろうと思っていたが、案の定、関所の手前で襲う計画を立てていた。当初、殺すつもりはなかったのだが、こちらが力を見せつけて安全に追い払おうとしてやっているにもかかわらずに襲ってくるのを見て、ふっと心が冷え切ってしまった。冷えた、と理解したときには、既に一人が血塗れで足下に倒れていた。そして、もうどうでもよくなった。そのまま勢いに任せて数人を殺すと、残りは散り散りになって走って逃げていった。その気配を追跡するのに数日かかったが、もう、馬車は出発して、関所を越えた頃だろうと判断して追跡を止めた。
 これでもう、終わった。ギンは樹の根本に座り込む。膝を抱えようとして、袖に黒い染みがついているのが目に入った。血液が凝り固まっている。よく見ると着物のあちらこちらに黒い染みが出来ていた。手足は傷だらけだし、裸足でずっと歩き続けていて、足の爪が少し剥がれていた。そんなことに気を配ることもなく、ここ数日を過ごしていたのかと思うと少し笑えた。脚をだらしなく放り出し、樹にもたれて空を見上げる。黒々とすら感じる緑の梢の向こうにある空は確かに晩夏の空なのに、どうしてこんなに灰色がかっているように感じるのだろう。どうして全てに紗がかかったように見えるのだろう。どうしてこんなにも遠く遠く感じるのだろう。あまりのおかしさにギンは声を上げて笑い出した。肺から空気が出ていくばかりで、苦しくてそれがまたおかしい。どうしてこんなに息が苦しいのだろう。
 もう、息の仕方すら思い出せない。
 屈み込んで笑っていると、目の前に小さな山吹色の花が咲いていた。その花びらから朝靄のように乱菊の後ろ姿が立ちのぼり、その周囲だけ確かに色を持ち香りを持ちギンの手の届くところまでやってくる。ギンはそっと手を伸ばし、花に触れるか触れないかのところで、手を止めた。起きていられなくて地面に転がり、横向きになって、伸ばしていた手の人差し指を微かに花びらにのばす。しっとりとした生きた感触が指に触れた。もうそれが限界だった。笑いはいつのまにか止まっていて、ただギンは静かに息を吸った。
 しばらくそのまま、転がっていた。
 動けるようになったのは、もう西の空が茜色に染まったころだった。ギンは立ち上がり、逆の、東の空を眺める。乱菊がいる場所はもう、宵闇に包まれているだろうか。

 それとも、まだ家に残っているだろうか。

 ふと思ったことの恐ろしさにギンは打ちのめされた。自分から置いていったのに、何を考えているのだろう。誰がどう考えても、あの一団に加わってここを出ていった方がしあわせなのだ。血塗れの路を行く自分などと一緒にいない方がいいに決まっているのだ。大丈夫だ。きっと、乱菊は馬車の中にいる。
 けれど。それでも。
 自分の希望とは相反した、それでも奥底から沸き上がる微かな想いに、その想いを持つ自分の浅ましさに、しばらくの間、ギンは混乱した。それでもなお止まない想いに、ギンは歩き出し、やがて、走り出す。
 確認しよう。
 自分の目で見て、それで絶望すればいい。諦めきればいい。
 そうして、また、以前の暮らしをすればいい。盗み、殺し、逃げる生活を。
 空はやがて群青に染まり、宵闇に沈み、星が瞬きはじめている。道もない森の中を、ギンはかつての小屋に向かって走り続ける。傷だらけの脚は更に傷つき、爪は更に剥がれたけれど、ギンは痛みに気づくことなく走っていた。立ち止まることもなかった。足を止めると、もう動けなくなりそうだった。確認することが怖くて仕方なくて、走り続けるしかできなかった。
 小屋の影が見えたのは、夜明けも間近な頃だった。
 東の空がほの白くなり、空が闇色から群青へ、夏の終わりを告げる青空へと刻一刻と変化していくその下に、木々に囲まれた小屋が見えた。ギンの足取りが重くなり、引きずるようにしてそれでもギンは歩を進めた。
 恐ろしかった。
 空っぽの小屋を見るのがどうしようもなく恐ろしかった。

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02月08日(火)
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