ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■絶対的な響きをもって鐘の音は時を告げた 2-1.5
 いつも乱菊のもとに戻るのは朝日の昇る頃で、どんなに霊圧を消しても、乱菊は敏感に察知して迎えに出てくれた。あの輝く姿。それはギンにとって、明るいもの全てだった。明るく柔らかく暖かいもの全てを表していた。ギンに欠けている明るい部分全てを乱菊が補っていた。ギンはそれを感覚で理解していた。だからこそ、乱菊がいない今、ギンは息をするのも難しい。
 ギンは幻に向かって手を伸ばした。その手は血塗れなのに、その血塗れのままで乱菊を抱きしめたかった。たとえ自分が血塗れでも、乱菊は厭うことなく抱きかえしてくれることをギンは知っていた。
 それでも、いつか乱菊は自分を捨てるかもしれない。けれど、もし乱菊が自分を捨てないでいたら、そのうちいつか乱菊も自分と同じように、輝きを失って仄暗い底に沈んでしまうかもしれない。
 そんなことになる前に、逃げ出してしまいたかった。
 ギンは、乱菊が自分を捨てるのを目の当たりにしたくはなかった。
 ギンは、乱菊が輝きを失って自分と同じようになるのを見たくはなかった。
 それがどれくらい自分勝手な願いかなど、ギンには分かりすぎるくらいに分かっていた。自分は恐ろしいくらいに自分勝手だ。ギンは、乱菊の願いも思いも何一つ、顧みてはいなかった。ただ、自分が光を失うのを恐れて、もしくは光が消えてしまうのを恐れて、その前に光から逃げ出そうとしていた。
 そして多分。

 自分の目の前で「そう」なるならば、その光り輝く花を手折るだろうと思う。

 ギンは蹲り、吐いた。
 数日間、飲まず食わずでいたのに、ギンは胃液を絞り出すように吐き続けた。胃液すら出なくなっても吐き続けた。このまま、口から体の裏側がずるりと出てきてしまえばいいのに、と思ったが、そうはならずにギンは血と吐瀉物の中に突っ伏した。濃い血の臭いと胃液の臭いに、また吐き気がこみ上げた。それでも動く気力すらなかった。
 ギンは顔を横に向けて、口から唾液を垂れ流すようにしてしばらく動かなかった。何も考えられずにいると、上の方から鳥のさえずりが降ってくることに気づいた。二羽、いるのか、会話のようにさえずりあっていた。もう少し周囲に気を払うと、そこは森の中にぽっかりとできた空間で、狭いながらも広場のようになっていた。すでに夜が明けていて、その空間から日の光が地面まで届き、ギンの体を温めていた。夜中、生暖かいと感じた他人の血はすでに黒く乾いていた。
「乱菊」
 ギンは心臓が締め付けられるような痛みを胸に感じた。太陽の光が自分を温めている、そのことがどうしようもなく切なかった。多分、自分は夜にしか生きられない生き物なのだ。なのに、だからこそ、太陽に焦がれてやまないのだ。
 乱菊。乱菊との穏やかな日々。綺麗な暖かな柔らかいやさしい世界。
 いつか自分は拒絶される。
 いつか自分は壊してしまう。
 手放さなければと思う。手放して、自分の手の届かない、どこか知らない遠いところで、乱菊がその世界で生きていられればそれでいいと思う。それなのに、あまりにも自分は欲張りでこの手が乱菊を放さない。
 ギンは仰向けに転がった。青い空が眩しくて、重い手をあげて影を顔に落とした。まだ小さいその手は血と吐瀉物と泥で汚れきっていた。

 その日、ギンは諦めた。今後も自分が家出を繰り返すだろうということ、本気で戻らないつもりで家を出るだろうということ、それでも乱菊から離れられなくて戻っていくのだろうということ、全てに対してあがくことを止めた。ギンがその日知ったことは、自分があまりに弱いということだった。どこまでも相反するものを抱え込み、その全てを捨てられず、ただギンは立ち竦んでいただけだった。
 川に着物ごと飛び込んで全身を洗いながら、妙にさっぱりしてギンは一人で笑った。なんて弱いなんて弱い。乱菊と比べて、どうしてもうこうも弱いのだろうか。弱くて自己中心的で勝手気まま。でも自分はやっと気づいた。その弱さに気づいた。
 これで乱菊に捨てられたら、仕方ないと思えるだろう。ギンは乱菊が消えた家に戻る自分を想像した。それはそれで空っぽな光景だけれど、自分は泣きもせず哀しみもせず、納得するだろうと考えた。ただ空っぽになるだけで。

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03月11日(土)
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