ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■地上の縁からのぞき込むと深遠の青が底もなく 3
 ああどうしよう。
 ギンは笑みが浮かぶのを止められない。
 どうしようどうしようどうしようか。自分だけ、味わってもいいだろうか。皆の前で宣言すれば、本当のことは隠し通せるだろうか。
 ギンは、片手で顔を覆って、笑みを隠す。
「……ギンでええよ」
「は?」
 乱菊の、間の抜けた声が問い返している。ああ多分、今、あの大きな眼がくるりと開いているのだろう。そしてゆっくりと瞬きをしているだろう。ギンは、手を外さないまま、笑いを漏らす。
「ギンて呼べばええ。呼び捨てしたいんやろ。市丸ギンじゃ長すぎるて。ギンでええ。級長さんなら、お強い人やさかい、別に構わん」
 ようやく表情をするりと消して、ただの笑みを浮かべてギンは手を外した。
「弱い奴がそう呼びよったら、潰すけどな。級長さんは、十分強いお人やし」
 乱菊がじっとギンの眼を、その奥まで見通すような眼をして見ている。そしてふっと、器用にその視線だけを和らげて、あとは不機嫌のまま、
「なら、……ギン、さっさと取りに戻って」
とだけ言った。
 自分の名が呼ばれる。ギン、というその響きは甘く柔らかく、ギンはくらくらした。久々に味わうその響きに、ギンは自分の名前はこんなに良いものだったろうかと思う。
「ほな、取ってきますわ」
 綻びそうになる顔を窓に向け、ギンは窓から外の街路樹へ向かって飛び出した。

 ギンの姿が窓の向こうに消えると、教室の空気が緩んだ。乱菊も、ふっと気が緩み、大きく息を吐いた。
 これまで通り、ギンと呼べるようになった。乱菊はギンの機転に感心する。自分も本当なら乱菊と呼ばれたかったが、仕方ない。ギンと呼べるだけでいい。先程の、久々の語感を思い出し、乱菊は微笑んだ。
 溜息をついて肩の力を抜く乱菊にリンドウ達が駆け寄ってくる。他の生徒達は、一様にざわついて、乱菊を見ていた。
「乱ちゃん」
 リンドウが乱菊の顔を下から覗き込む。
「大丈夫?」
「大丈夫って……別に喧嘩していたわけでもないのよ」
 心配そうな三人の顔を見て、乱菊は苦笑した。ギンは面白がっていただけだし、自分は照れ隠しにふて腐れただけだ。そう考えて乱菊は、ふと思う。ギンは、自分との仲が悪いと周囲に思わせたいのだろうか。
 そんな乱菊の思いを余所に、ツワブキとスミレは話している。
「あたし、市丸のこと、思いっきり呼び捨てなんだけど」
「え、だって市丸君、それについて怒ったりしてないじゃない」
 スミレは笑うが、ツワブキは神妙な顔をしている。
「でも、あたし、何も言われる前に呼び捨てにしちゃった」
「気にすることないわよ。名字の方で呼び捨てしてるだけなんだし」
 リンドウが笑って、ツワブキの背中を撫でる。乱菊も笑って頷いた。ギンはおそらく、彼女らのことをそれなりに気に入っている。ギンが一番親しげに話すのは、彼女達だ。ギンにそういう人がいることに安心している乱菊は、彼女達と親しくなって良かったといつも思う。
 そのとき、近くにいた男子生徒数人が、こちらを向いた。
「なあ、松本、お前怖くねえの」
 殆ど話したことのない色黒の少年に話しかけられて、乱菊は瞬きを数回した。
「ギンのこと? ……別に、どうとも思わないけど」
「血塗れになるような奴だぜ。どこで何してるか分かったもんじゃねえじゃん。睨まれたら、怖くねえの。襲われるかもしれないじゃん」
 乱菊と目を合わせると途端に表情を緩ませた少年だが、言っていることは乱菊の神経を逆撫でした。少年の締まりのない口元を見ていて、乱菊はわずかに眉を寄せた。この男は何を知っているのだろう。何を分かっているのだろう。どう言い返そうか、乱菊が言葉を選んでいると、リンドウが口を開いた。
「あなた達、どこ出身なの?」
 そう言って小首を傾げて微笑むリンドウに、少年達は再びだらしなく顔を緩め、胸を張った。
「……瀞霊廷の貴族だよ。あんな下世話な奴とは全然違う」
「そう。お坊ちゃんだから無知なのね」

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06月05日(月)
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