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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「あゝ、荒野」(前後篇)


素晴らしかった。面白いとか詰まらないとか言う前に、映画を観て、こんなに興奮して熱い涙を流したことは、久しぶりな気がします。主人公たちと共に、全力で馳走した前半に比べ、後半はやや失速したものの、手応えは充分。脇のプロットが上手く本筋に絡んでいない箇所も多かったけど、そんな事うっちゃるくらい、気に入りました。多分私の今年の邦画NO・1です。監督は岸嘉幸。

2021年の新宿。オレオレ詐欺と暴力行為で、少年院から出てきたばかりの新次(菅田将暉)。施設育ちで身寄りはありません。理容室で働く吃音の建二(ヤン・イクチュン)は、幼い時に韓国人の母が亡くなり、以来元自衛官の父(モロ師岡)と二人暮らしですが、ずっと虐待され続け、成人した今も、給料を詐取されています。寄る辺ない身の上の二人は、ひょんな事から元ボクサーの堀口(ユースケ・サンタマリア)のジムに誘われ、二人はプロボクサーを目指します。

原作は寺山修司が60年代に書いたものを、今から四年後の新宿に移して描いてます。新次の恋人芳子(木下あかり)が、東北の震災の被災者であったり、テロの様子、介護職や自衛隊に入ったら、奨学金免除の法案が決議とか、上手く今の時代を照らし、脚色しています。特に法案は、本当に出来てしまいそうで、怖い。

日向を歩いた記憶がない二人。ジムに寝泊まりし、仕事をしながら練習に励む日々は、初めて真っ当に生きている手応えを感じたはず。そして、友情も。障害に近く言葉の出ない建二を、新次は「兄貴」と呼び、年上として敬意は示しますが、何くれとなく庇います。この頃から、新次に対する建二の「憧れ」が芽生えたのでしょう。

自分や施設時代の先輩リュウキを売った、今はボクサーのユウキ(山田結貴)が、許せない新次。試合で殺せば合法だと嘯きますが、半身不随となったリュウキは、ユウキを許している。その心が解せず、どす黒いジレンマに縛られる新次。

ここから、数々のボクシングシーンが描かれます。練習風景、迫力満点の試合など、非常にリアル。超売れっ子の菅田将暉は、いったいどこで時間作って、ボクシングの練習したんだろうかと、本当に感心しました。とても様になっている。日の出の勢いの若手が、役作りに手間隙がかかり、観客動員もそれほど望めない作品の主演を引き受けた事に、事務所や本人の心意気を感じ、少なからず感激しています。この子はこれから、邦画を背負って立つ子だと確信しました。

いつもは強面のイクチュンが、小心で心優しい建二を演じて、絶品なのにも感心。どこにも心の許せる友人のいなかった建二が、ボクシングを通じて、堀口や新次と築いた「絆」。それを一度ぶち壊したくなった心こそ、建二の成長ではなかったのか?それが独りよがりであっても。

体を売って自分を育てる母親(河井青葉)を嫌い、母を捨てた芳子。彼女が体を売った相手からお金を盗むのは、自分の過去や母に復讐していたのでは?そこまで幸せが来ているのに、その幸せが怖くて、逃げ出す芳子。映画でたくさん観てきた女性です。その感情はどこから来るのか?自尊心が保てず、自分を愛せないのです。演じる木下あかりは、私は初めてでしたが、存在感抜群。芳子も人生に重たい物を背負った子ですが、明るい普段から、かいま見せる暗さも上手く、脱ぎっぷりもいいです。伸びやかな手足は、濡れ場でも官能性より若々しさを感じさせました。この子も、伸びますよ。

この作品に出てくる親は、クズばかり。捨てたはずの息子との再会に、下手に出たかと思えば、突然怒り出す情緒不安定な新次の母(木村多江)。自分の鬱屈に対して、酒を煽り、息子を支配し暴力を振るう事しかしない建二の父。娘を探す芳子の母も、娘が心配と言うより、「母親」と言う自分の居場所が欲しいのでしょう。芳子は母から「求められる」、それが嫌なのです、きっと。


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10月30日(月)
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