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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「黄金のアデーレ 名画の帰還」


私のように絵画に疎い人も、このクリムトの「黄金のアデーレ」は観た事があるはず。そんな有名な絵画に、このような数奇な運命があったとは知りませんでした。実話が元のお話で、美術ファン以外にも、幅広い層に受け入れられるであろう秀作です。監督はサイモン・カーティス。

アメリカに住むユダヤ人女性のマリア(ヘレン・ミレン)。夫と共にナチスが台頭するオーストリアから亡命しました。1998年現在82歳。亡くなった姉の遺品を整理していた時、生前姉が伯母アデーレを描いたクリムトの作品、「黄金のアデーレ」の返還を、オーストリア政府に求めていたことを知ります。絵画はナチスに略奪され、その後オーストリアの国立美術館に飾られていました。姉の意思を継ぎ、返還を求めるマリア。知人の息子で、マリアと同じく祖先はオーストリアのユダヤ人であるランディ(ライアン・レイノルズ)を雇い、オーストリア政府を相手に、戦いが始まります。

少し解り難かったので調べたところ、マリアの伯父伯母夫婦と両親は、兄弟と姉妹で結婚しているようです。兄と姉、弟と妹のカップルです。だから一緒に商いして住んでいたのでしょう。両方の血を受け継ぐマリアと姉が、子供のいない伯父夫婦にとって、子供同然だったのは自然な気持ちでしょう。

口やかましく元気なマリアに、優秀そうだけど、青二才で小物感漂うランディは、ユーモラスな凸凹コンビ。タイプは違うけど、「あなたを抱きしめる日まで」の、ジュディ・デンチとスティーブ・クーガンを彷彿させます。自分達家族を引き裂き蹂躙した、ナチスに略奪された絵。それも実の伯母を描いた絵です。マリアに取れば、絵を返還してもらう事は、生家の誇りを取り戻す事でもあります。対するランディの方は、絵に莫大な価値があると知り、お金になると踏んでの仕事です。

それが裁判で、自分の曽祖父が収容所で亡くなったオーストリアを初めて訪ね、自分の中に流れる血を確認するのです。彼自身は祖父の代でアメリカに渡っているので、もうすっかりアメリカ人。自分のルーツに対しての感覚は、希薄なはずなのに。。きっかけはホロコースト記念館を訪れた事からでした。この描写は個人的にすごく納得。ふとした事、何かの弾みで、民族としての自分の血を確認することは、自分のルーツと違う国で暮らしていると、多々あります。

「あなたのスピーチは感動的だった。でもホロコーストはもう忘れた方がいい」と、公開弁論の後、見知らぬオーストリアの人が、マリアに助言にきます。それは彼女の年齢を考えて、穏やかな日々を送って欲しいと願う、心からの言葉だと私は思いました。事実大変な紆余曲折を経て、裁判は数年間続きます。途中で心折れるマリア。年齢から考えたら、姉の意思を継ぐだけでも大変は事です。では、悲惨な出来事は忘れていいのか?

そうじゃないはず。語り継ぐべき存在として、ランディがいるのです。ホロコースト記念館で、自分に流れる血が沸騰するのを感じてからのライアンは、別人のように、裁判にのめり込む。それは知らなかった過去を、知る事でもあったでしょう。まさかランディがこんな変貌を遂げると思っていなかったので、彼の妻役がケイティ・ホームズで、何で今頃こんな老けた人を妻役に・・・と思いましたが、夫の変貌をドンと構える肝っ玉の据わった妻ですから、ケイティくらい年季を感じさせる人がお似合いだと、妙に納得しました(笑)。

マリアは裁判が長引くと判断した知人のエスティ・ローダー社の社長から、駆け出しのランディから弁護士を交替させようと提案されますが、「私はスクール・ボーイ(少年)がいいの」と微笑みます。ランディがユダヤの出自でなかったら、どうだったでしょう?民族の血に、彼女も賭けていたのだと思います。ここもすごーくわかる(笑)。

長きに渡り、ナチスやオーストリアに対しての憎悪の裏には、実は自分自身への猛烈な罪悪感があり、無意識に封印していた事をマリアが悟る場面が感動的。やっと彼女の中で、戦争が終わったのだと思います。憎悪だけでは、終着駅にはたどり着けないと言う事ですね。


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12月01日(火)
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