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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密」

この作品で本年度のオスカーの脚色賞を受賞したグレアム・ムーアの喜びのコメントは、感動的でした。「僕は16歳の時自殺未遂した。変わり者でどこにも居場所がなかったからだ。僕と同じように悩んでいる子がいたら、変わる必要はない。そのままでいて。居場所はあります。必ず居場所や輝く時が来ると、この壇上から伝えたい」と言う主旨だったと記憶しています。この作品を観るまで、これはムーア単体での経験値からの言葉だと思っていました。でも鑑賞後は、ムーアがこの作品の主人公チューリングに、どれほど自分を投影し、渾身の力で書いたのだろうと、その事にも胸が熱くなりました。戦時中が舞台ですが、今の時代からこそ描けた力作。監督はモルテン・デゥルドゥム。
1939年、ドイツ軍に苦戦する連合軍。勝利にはドイツの暗号気「エニグマ」の解読が重要事項でした。イギリスではMI6の元、チェスのチャンピオン、ドイツ語学者など精鋭が集められ、エニグマの解読に必死に取り組んでいました。その中のメンバーの一人が天才数学者のアラン・チューリング(ベネディクト・カンバーバッチ)。変わり者でチームワークを乱す彼は、人で暗号解読機を作ろうとします。誰も彼を相手にしなくなっていた頃、途中でチームに参加したジョーン(キーラ・ナイトレイ)が、アランをチームに溶け込むように導きます。
冒頭、警察で尋問を受けいる現在のチューリングの姿が映されます。不穏な雰囲気の中、彼の回想が語られると言う形で内容が進行。時代が過去、そのまた過去、そして現在と駆け巡りますが、その都度年度が出るので、迷う事はありません。彼が同僚から浮き上がっている場面から、すぐに中学生時代の回想シーンが始まり、そこから紐解ので、観客にチューリングと言う男性を理解するのにとても効果的で、この手法は成功していたと思います。
現在のコンピューターの基礎を作った人が、エニグマを解読するまでのミステリーだとだけ思って臨んだ私は、予想していたものと大幅に違う内容に、びっくり。確かにエニグマ解読までの苦難を、軍の横やり、忍び寄るMI6の影を、戦時中のイギリスの様相を再現した中、丁々発止のやり取りは、それだけでも見応えはありました。
しかし私の心を捉えたのは、チューリングの特異性です。ただの変わり者とは言えない、アスペルガーを想像させる人です。その他にも同性愛、優秀なのに女性である事だけで差別されるなど、当時のイギリス社会の差別の恐ろしさです。類稀な頭脳である事で虐められ、人づきあいが苦手でまた虐められる中学生時代のチューリング。成長過程で、コミュニケーション能力が封印されるのも当然です。
いつも笑みを絶やさず、彼をチームに溶け込ますべく教育的指導をするジョーン。「男性の中で仕事するのよ。嫌われたら終わりでしょう?」それは何度も苦い思いをして学習した事なのでしょう。チューリングを見抜く事が出来たのは、似たような思いを抱いて生きてきたからだと思いました。
「そこは”ありがとう”でしょ?」「あれが恋の駆け引きと言うのよ」「ジョーンが皆に何かをプレゼントしろと言ったから」と、言わなくてもいいのに、チームのメンバーに林檎を配るチューリング。ジョーンに対する信頼は、「彼女が好き」な事に尽きる。loveではなくlike。チューリングが如何に類まれな頭脳を持とうと、一人でエニグマ解読は出来なかったはず。チームプレーの勝利を生んだのは、私はジョーンの力だったと思います。彼女の接し方こそ、生きにくい障害を抱える人たちと共生する心髄だったと思います。
心が通いあったメンバーとの友情や絆、エニグマ解読までのスリリングな様子、国を守るために100人の命を捨てる残酷さをを映しながら、常に付きまとうのは「嘘」。メンバーの中の嘘、国を守るための嘘、信じさせるための嘘、誰かを守るための嘘。チューリングの苦境に対して、ジョーンは「私ならあなたを助けられたのに、どうして呼んでくれなかったの?」と言う。しかしそれも「嘘の証言」なのです。
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03月15日(日)
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