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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「フォックスキャッチャー」
2月公開作で、一番楽しみにしていた作品です。実際にあったアメリカの財閥デュポン社御曹司の、ロス五輪レスリング金メダリストの殺人と言う特異な事件を、野次馬的ではなく、関係したどの人物の心にもじっくり誠実に寄り添う秀作で、とても感銘を受けました。一瞬たりとも気の抜けない、緊張感みなぎる135分間です。監督はベネット・ミラー。
1984年のロスオリンピックでレスリングで金メダルを獲得したマーク・シュルツ(チャニング・テイタム)。次のソウルでも二連覇を目指しています。アメリカではマイナー競技のレスリング故、スポンサーは見つからず、経済的に困窮しながらも、ストイックに練習に励んでいます。そんなマークに、アメリカでも大財閥の御曹司ジョン・デュポン(スティーブ・カレル)が、充実した練習場や住居、破格の年俸を提示し、自分がコーチするレスリングチーム「フォックスキャッチャー」へ招きます。やがてジョンは、マークの兄で同じ金メダリストであるデイヴ(マーク・ラファロ)もコーチとして招いた頃から、微妙に三人の関係が歪になっていきます。
デュポン社は日本でも名の知れた企業で、主婦にもテフロン加工の調理器具などでお馴染みです。ですがこの事件は、全然記憶にありませんでした。当時アメリカでは、同性愛のもつれか?など、スキャンダラスに書き立てられたようです。
幼い頃両親が既婚し、父母の間を行ったり来たり苦労を共にして育った兄弟。マークにとってデイヴは父親代わりです。その最愛の兄にして最良のコーチでもあるデイヴは、今では妻ナンシー(シエナ・ミラー)と二人の子供に恵まれている事に疎外感を感じているマーク。そしてジョンも、最愛の母(ヴァネッサ・レッドグレイプ)から愛されぬ、満たされぬ心を持っています。友人もいないそんな二人が、ぎこちなく「友情」を結んでいくのは、自然な成り行きに思えました。
しかし今でいえば「コミュ障」的なマークとジョン。そして二人の間に介在するのは財力。胸の内を明かせないまま、お互いを真には理解し得ぬまま仮初の友情ごっこに浸っていたのは、私はお互い様だったように思えました。微かに微笑んだシーンはあったものの、この二人の笑顔は、終ぞ劇中描かれませんでした。
対するデイヴは、妻子やマーク以外にも、常に笑顔を絶やしません。私はどんな生き方をしようと、最後に残るのは円満で誠実な人柄だと思っています。それを絵に描いたようなデイヴ。彼的には弟を疎外した気持ちなど、一切なかったと思います。むしろ自分を超えようとする弟を、慈愛の目で観ている。しかし自分だけの兄でなくなったマークの寂しさには、及ばなかったと思います。男兄弟なので、依存されている意識がなかったのでしょう。
ジョンも同じです。私は彼はレスリングを愛している人には思えませんでした。母は下品だとレスリングを嫌っており、その嫌っている物に熱中する自分を、丸ごと愛して欲しい。そんな試すような部分も感じます。財閥に嫁ぎ、子育てにも失敗は許されなかったはずの母。息子は普通ではないと、一番先にわかったのは、母だったと思います。だから友人を「買い与えた」のでは?歪であっても、それも我が子に人並みの感情を育んで欲しいと思う親心だったと思います。ジョンと母の場合は、私は息子が適切に母の愛を受け取れなかったと感じました。
国内のソウル五輪予選で敗退し、残りの試合があるにも関わらず自暴自棄になった弟を叱咤し、懸命に蘇生させた兄。デイヴの家族以外、常に冷たく重い空気の漂う劇中、熱くて暖かい感情に包まれる場面です。急速に信頼関係を取り戻す二人。
対して母親との間に宿命的な宿題を残して、母に逝かれたジョン。本当の意味での自尊心を獲得するチャンスが無くなります。ジョンは頭脳は明晰のようで、鳥類学者でもあります。しかし莫大な富や名声も得て、何でも手に入るように見えても、人徳だけは手に入らないのだと痛感。私の最後は人柄と言う信条が、一層強まります。
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02月22日(日)
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