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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「アンコール!!」
昨今流行りの中高年の音楽モノ。テレンス・スタンプが頑固じいさん役と言うのにそそられ、観てきました。もう滂沱の涙。いえいえ、作風はライトにユーモラスに作ってありますが、老いに向う身としては、涙なくして観られないシーンがいっぱいなんです。些細な演出に上手いなぁと感心もするも、この辺は別の描き方があると思うけど、等々シーン事に思いながらの鑑賞でしたが、終わった後、後ろのご婦人方からは、「ええ映画やったねぇ」と言う素直な声が聞こえます。それには全く同感の作品。監督はポール・アンドリュー・ウィリアムズ。

ロンドンに住む頑固者で気難しい老人アーサー(テレンス・スタンプ)。反対に妻のマリオン(ヴァネッサ・レッドブレイヴ)は社交的で明るい人柄。彼女の趣味は、老人のコーラスグループで歌う事で、その名も「年金ズ」。病弱な妻の送迎を、渋々引き受けるアーサーでしたが、ある日マリオンのガンが再発。余命幾ばくもないと宣告されます。歌えない自分に代わって、グループで歌って欲しいと、マリオンから懇願されるアーサーでしたが。

音楽教師エリザベス(ジェマ・アータートン)が彼らに指導する曲がロックやポップだったりするので、「ヤング@ハート」を、ちょい彷彿させます。あちらはショービズ、こちらは公民館で練習するご老人達という事で、より身近な存在ですが、真剣さは負けてはいません。元気いっぱい助け合いながら、コンクール出場を目指す様子は、平凡ですが、とても素敵です。特に照れもせずロックを演奏したりセックスがテーマの曲を歌う様子が楽しい。だって老い先短いんだもの、世間体より自分が楽しいこと優先ですよ。

死を身近に感じる妻は、夫とキスする時は目を見開いたまま。きっと心に夫の顔を刻みたいのです。妻の介護を息子ジェームズ(クリストファー・エクルストン)に頼めば、息子は母のベッドで一緒に寝ている。老いて病身の母にとれば、どれほど心安らぐ瞬間かと思いますが、父は激怒。父親と母親の違いを、さりげなく描いています。妻が亡くなった後、一緒に寝ていたダブルベッドで眠れない夫の姿など、こういった繊細な小ワザはあちこちに描かれ、どれこもこれも手に取るように心に伝わります。

アーサーとマリオンは70代前半。アーサーは難しい人で、息子との仲も良好とは言えません。しかし数少ない友人の中には黒人が混じっている様子がさりげなく描かれ、決して悪意があったり姑息な人ではなく、根は良い人なのだと伺えます。「逝かないでくれ」の素直さは、この期に及んでやっと出てくるのでしょう。昔の男性は洋の東西を問わず、それが「男」だとの認識なんですね(損なもんだ)。そんな彼の唯一の理解者が妻。その妻がいなくなるなんてと、悲嘆にくれるアーサーの姿がとにかく切ない。

しかし妻は、嘆き悲しむだけではないのですね。明日をも知れぬ身なのに、喧嘩もするわ、口もきかないもあり。残される息子と夫の間も心配するし、車椅子でコーラスの練習に参加もします。この充実っぷり。これは老年の置ける男女の違いを端的に表しているように思いました。マリオンがアーサーにコーラス参加を望んでいるのは、自分が亡くなった後、夫にも自分のような居場所や生き甲斐を与えたかったのだと、私は感じています。

マリオンが亡くなるまでの描写が、私が先に死ぬと夫もこうなるのかしら?と、もう人ごとではなくなって、涙が出て出て。うちは夫が8歳上ですが、私の母が55歳で亡くなった事もあり、どうも自分が長生きする気がしないのです。でもアーサーの哀しみを観ていると、夫を置いて死ねないわと痛感します。

文句なしだった前半に比べ、後半はちょっと疑問が。エリザベスは快活でとてもチャーミングな女性ですが、彼女が必死に老人たちを指導するには、あの動機だけでは弱いです。幾ら妻を亡くした無聊託つアーサーだとして、あの肩入れも、他のメンバーがヤキモチを焼くはず。コンテスト出場のすったもんだは入れないで、様々な変遷を経て、アーサーが合唱隊に受け入れられる様子を掘り下げた方が良かったと思います。ジェームズもシングルファーザーのようですが、その事に言及なし。触れた方が良かったです。


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07月11日(木)
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