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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「さよなら渓谷」

大好きな大森立嗣監督作品なので、楽しみにしていました。原作は吉田修一。レイプとは、被害者のはずの女性が、身を縮めるようにして、その後の人生を生きる言う、とても不条理な犯罪です。この作品のヒロイン・かなこを観ていると、その様子に、心底同性として同情し憤りを感じます。そんな彼女が、何故理解し難い生活を送っているのか?その心情が手に取るようにわかるのです。ドロドロした情念を浮かばせながら、渓谷にそよぐ風も感じさせる、不思議な作品です。
都会の外れの静かな渓谷に暮らす尾崎(大西信満)とかなこ(真木よう子)夫婦。隣のシングルマザーが幼い子を殺し、尾崎は不倫関係にあったと警察に疑われ、マスコミにも追いかけられます。警察に通報したのは、かなこ。夫婦に興味を持った週刊誌の記者渡辺(大森南朋)は、実は二人は、15年前に起きたレイプ事件の、被害者と加害者だと突き止めます。
登場人物たちが、幾重にも対比になっていると感じました。ラグビーで社会人まで行き着いたのに、怪我で会社を辞めた渡辺と、将来を嘱望された野球選手だったのに、レイプ事件で大学を中退した尾崎。不仲の渡辺とその妻(鶴田真由)と、尾崎とかなこ。口数が少なく憂いのあるかなこと、伸びやかで健康的な渡辺の同僚記者小林(鈴木杏)。
最初の方で、妻に罵られる渡辺を観て、仕事の事で夫に不満があるのだと感じました。でも渡辺と小林との会話を聞き、妻に対しての鈍感さなのだと気づきます。夫の挫折や転職の苦労に、妻もきっと共に泣き、支えてきたはずなのに、この夫は自分の苦しみしか記憶になく、妻の存在は希薄なのでしょう。そんな自己中心的な夫に妻は苛立っているのです。
自由闊達な小林は、若いのに似合わず、人の背景に思いを馳せる、思慮深さがあります。それは記者と言う仕事を通じて、人間の心の深淵を見てきたからでしょう。小林の存在なくば、渡辺はただの仕事の出来ない男に終わったはず。小林の素直な明朗さは、かなこにはありません。それを奪ったのは、高校生の時受けた、レイプだったのでしょう。
通っていた高校を転校、両親は離婚。勤め先で知り合った恋人との縁談は、レイプ事件が明るみに出て破談。職場も変える。次に知り合った夫(井浦新)となる男性には、同じ鉄を踏まないために、告白。全て承知の上で結婚したはずなのに、夫はその事を乗り越えられずDVに走り、離婚。そして自殺未遂。書いているだけで、嫌になる。かなこは被害者なのに、まるで加害者のように世間に追い詰められ、卑屈になる。
どうしてこんな事が起こるのか?渡辺が強引に不仲の妻に迫った時、断固妻は拒否。渡辺は寝室を離れます。その時、ずっと以前に観た「ザ・レイプ」で、恋人の田中裕子に、レイプ被害にあったと告白された風間杜夫が、「本当に嫌がる女と出来るのか?僕には出来ない」と言うセリフを思い出しました。この言葉を聞き、田中裕子は告訴に踏み切ります。そういう一面も、男性の真理なのでしょう。尾崎とかのこの過去と対比になっていると思いました。
女にも隙があった、本当は合意だった。いや、女から誘ったのだ。四六時中そういう好奇の目から逃れられなくなる。そんな追い詰められた人生を送って来たかなこが、愛憎の丈を加害者の尾崎にぶちまけるのは、とてもわかる。尾崎は真実を一番知っているから。罵り着いてくるなと言いながら、橋の上で尾崎を待つかなこは、彼を試していると同時に、甘えているのだと思いました。男性に甘える事など、事件からはなかったでしょう。でもその相手がレイプの加害者だなんて、辛すぎる。
かなこの心情がとても理解出来るのに対して、尾崎は説明不足に感じました。彼もレイプ加害者として、人生が狂ってしまいますが、かなこの比ではありません。この理不尽さ。唐突に事件を暴露されるシーンも不可思議だし、数人で事に及んだのに、何故彼だけ罪の意識が重いのか、それもわからない。これは私が女性だから、わからないのでしょうか?ただ、再会後の彼の行動は、愚かな過去を本当に悔いていると感じ、よくわかります。
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06月28日(金)
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