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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「世界にひとつのプレイブック」

本年度アカデミー賞主演女優賞(ジェニファー・ローレンス)受賞作。主人公のパット(ブラッドリー・クーパー)は双極性感情障害(躁うつ病)の設定で、私のように精神科に勤務する者には、物凄く感慨深い思いがこみ上げる作品ですが、それを知らずに観れば、予定調和に事が運ぶ出来の良いロマコメ程度。これがオスカー主部門に軒並みノミニーとは、はて?と思っていたとき、学生時代アメリカの情勢に精通してた講師の先生の言葉が蘇りました。「日本もこれから数十年後、アメリカのように歯科より精神科が増える時代が来る」と言う言葉。幸か不幸か、その時代は到来していませんが、それだけ精神病は、日本よりアメリカではより身近な病だと言う事で、私の思いは、本国アメリカの人たちと共有していたという事でしょう。日本での宣伝や解釈は、微妙に違うと感じるので、今回はネタバレ気味に書きます。繊細な内容になるので、未熟な私よりもっと精神科に精通していらっしゃる方で、「それは違う」と思われる方、遠慮なくご指導ご鞭撻お願い致します。監督はデヴィット・O・ラッセル。
高校教師のパット(ブラッドリー・クーパー)は、妻の浮気の浮気現場に遭遇し、相手の男性に暴力をふるい、司法取引で精神病院に入院となります。母(ジャッキー・ウィーバー)の尽力で、何とか退院とはなったものの、妻には逃げられ仕事は解雇。あれは一時の感情が制御出来なかっただけと、薬物治療を拒否し、あげく接見禁止令まで出ているのに、心身を回復すれば妻は必ず戻ってくると思い込んでいます。そんな彼を心配した友人のロニー(ジョン・オーティス)は、パットを夕食に招待します。そこに現れたのは、彼の妻の妹のティファニー(ジェニファー・ローレンス)。彼女もまた、心身を壊していました。何かとパットの気を引くことを持ちかけるティファニーですが、妻との仲を取り持つと言われ、ダンス大会のパートナーになる事を承諾します。
パットは妻の浮気が原因で、ティファニーは夫の死のショックが原因で病を得たと、宣伝などでは解釈されています。しかしパットはそれ以前に、妄想や激しい感情の高ぶり(校長と喧嘩と表現されている)などが語られるし、後述でステファニーも、「夫とのセックスで感じなくなっていた。自分を構うことで精一杯。なのに夫は子供を欲しがっていた」と語ります。これは二人共、以前から発病していたと考えて良いと思うのです。疲弊した心身を精一杯奮い立たせて、社会人としての責任を全うしていた時に起きた衝撃的な出来事は、単に引き金だったと感じます。
これは誰にでも当はまる事で、日常の生活で問題なければ治療の必要はありませんが、生活に支障をきたして来た時は、心身がサインを出しているはずです。それに気づかず、もう少しもう少しと頑張ってしまうと、状態は悪い方に加速するという訳です。何度も出てくる「サイン」と言う言葉は、この作品でキーワードかと思います。
躁転した状態のパットの描写が絶妙。夜中に急に騒ぎ出し、両親(父・ロバート・デ・ニーロ)は叩き起され、その喧騒に近所まで巻き込みパトカーまで出動します。躁転した患者さんの騒ぎ方は、本当に尋常じゃありません。はしゃいでマックス陽気になるかと思えば、とにかく攻撃的に人を罵る時もあり。同じ人がです。そして夜は眠れない。彼らには彼らの全うな理由があり、誰も悪くはないのです。病がさせる事なのですが、しかし世話する家族はたまったもんじゃありません。冷静さを欠いて当たり前。
「人生、ここにあり!」で、精神病患者の入院が廃止されたイタリアで、「患者が家に帰ってきて、今度は家族が発狂しそうになった」と言う医師の言葉は、家族の心労を思いやった言葉なのです。笑える作りになっているはずが、私にはとても笑えず、涙がこみ上げてきました。大げさでも何でもない、リアルな描写でした。
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02月28日(木)
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