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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「大鹿村騒動記」
主演の原田芳雄の試写会の舞台挨拶を観て、絶対初日に見ようと思いました。豪放磊落な男っぷりで映画ファンを魅了してきた人です。あの病み衰えた姿を人目に晒すのは、俳優として勇気がいったことでしょう。きっと主演俳優としての責任感が、そうさせたのでしょうね。特別ファンではない私ですが、敬意を表して初日の初回に観ました。そこそこ入った場内は、常にクスクス大らかな笑いに包まれ、とっても気持ち良い時間が過ごせました。監督は阪本順治。

300年に渡る伝統の、村民が演じる歌舞伎が自慢の長野県大鹿村。その歌舞伎の花形役者の善(原田芳雄)は、鹿料理店のオーナーです。18年前妻の貴子(大楠道代)と親友の治(岸辺一徳)が駈落ちし、今は一人。最近アルバイトに若い男の子雷音(冨浦智嗣)を雇いました。そんな時なんと貴子と治が帰ってきます。65才の貴子は認知症を患い、どうにもならなくなった治は、貴子を善に返したいと言います。折しも村は今年の歌舞伎の準備で大わらわ。善は無事に舞台に立てることが出来るのでしょうか?

キャストは上記の他、石橋蓮司、三国連太郎、佐藤浩市、松たか子、小倉一郎、でんでん、瑛太、等々地味目に超豪華。皆芸達者なので、登場人物は多いですが、キャラはくっきり。描かれるのは熟年の三角関係と歌舞伎を中心に、認知症、ジェンダーに対する悩み、過疎化する村の悩みなどです。やや盛り込み過ぎる気はしますが、どのパートにも含みを持たせて上手く描けています。この作品は千円均一での興行で、幅広い層に観てもらうには、あんまり小難しいのはどうかと思うので、浅からず深からずのこの描き方は、私は良かったと思います。

私が感じたテーマは、「恩讐を超えて」だと思いました。登場人物の大半は皆それぞれ年を重ねた人ばかり。恨み辛みや悲しかった事、たくさんあるでしょう。そんなのは墓場に入るまでに捨てて、穏やかな気持ちで先の見えた人生を暮らしたほうがいいですよね?三国連太郎扮する貴子の父親は、業の深さや因縁を感じる過去を振り返りながら、自省と村の平穏を願い木彫りの仏像を彫っています。彼はこのテーマの象徴なのでしょう。

その具体的な例えが善・貴子・治の三角関係。寝取られ夫が妻を迎え入れやすくするため、認知症を持ってきたのは良かったです。認知症の様相はもっと深刻なものも多く、正直これくらいの描写で、舞台を降りる降りないに持っていくのは、えっ?とは思いましたが、この作品が認知症の中で焦点を合わせたのは、「忘れる」と言う病状です。

長い人生の恥ずかしかった事悲しかった事、全て覚えていたら、辛くって生きていけないですよ。だから人は神様から、老いると「忘れる」と言うプレゼントをもらうんじゃないかな?童女のような愛らしい貴子の様子もまた、認知症の一つの様相でもあり、私はこれで良かったかと思います。

ジェンダーに苦しむ雷音を、「あいつ、ちょっと微妙だよな」と言いつつ受け入れる村の大人たち。雷音に「来年はきっと人気の女形だ」と軽口を言う善。そこにはこの村に、男性が女性を演じる歌舞伎が根付いている事を感じます。そして伝統を守るため、戦時中には女性だけで歌舞伎を守ったと言う柔軟な思考。この村の大らかな懐の深さは、異端の者にも居場所を与えてくれるのです。作り手の大鹿村への愛も感じました。

60過ぎた男女の三角関係の描き方も、どろどろしがちになるのを、上品にユーモラスに描いています。人っていい年になっても、男女間の煩悩は、若い頃とそれほど変わらないものです。料理を振舞う貴子に、昔はこんな薄味じゃなかった、あいつ(治)の味だろうとネチネチ拗ねる善。あぁもう、ちっちゃい。男の男女間に置けるちっちゃさ全開。でもね、これ原田芳雄が言うから、ちっちゃさ=男の可愛げに感じるんであってね、本当にちっちゃい男が演じたら、たた見苦しいだけなんだな。


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07月17日(日)
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