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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「歩いても歩いても」

「この家は俺が働いて建てた家なんだぞ。なのに、何で『おばあちゃんち』なんだ。」という、クスクス笑える原田芳雄の予告編のセリフにとても感心して、絶対観ようと思った作品です。思っていた通り、リアリティ抜群のセリフの応酬に終始感心。何も事件が起こらない、平凡なある家族の二日間をユーモアでまぶしながら、登場人物の心のひだを丹念に描いて、喜怒哀楽とは簡単に言い切れない、微妙な感情を描き、二時間飽きることなく見せてもらいました。監督は是枝裕和。観終わって哀しい訳でもないのに、無性に涙が出て仕方なかったです。
静かな高台の住宅地に住む横山家。開業医だった父・恭平(原田芳雄)は既に隠居していて、今日は15年前に亡くなった長男の命日です。長女ちなみ(YOU)は、夫や子供たちより一足早く来て、母とし子(樹木希林)といっしょに、ごちそうを作っています。あとは二男良多(阿部寛)の家族が来るのを待つだけ。良多は未亡人のゆかり(夏川結衣)と結婚して間がなく、今日はゆかりの連れ子あつし(田中祥平)も伴っています。間の悪い事に今は失業中の良多は、昔から父とは折り合いが悪く、重い気分で実家を訪ねます。
冒頭取りとめのない会話をしながら、ご馳走の用意をする母と娘のシーンがとても自然です。この自然な風景は、時には和みながら、時には毒を含みながら、最後まで続きます。「おばあちゃんちは、麦茶までおいしいな!」と、娘婿は言います。
今高一の三男が小さい頃、夏にうちに遊びに来た友達がみな、「おばちゃん、麦茶ちょうだい」と言うのが不思議で、「ジュースもあるよ」というと、「麦茶がいいねん。Mんちは冷たい麦茶がおいしいねん」と言います。ある日私が麦茶を沸かしていると、一人の子がびっくりして、「おばちゃん!麦茶ってお湯で沸かすん?」と言いました。そうか、みんな家では水出しの麦茶を飲んでたんやと、合点が行きました。横山家の麦茶も、今では水だしみたいですが、スクリーンに広がる素材の下ごしらえの様子は、ほんの一つ二つ手間を加えた料理の、その手間こそが「おふくろの味」なのだと、表しています。
母とし子は、温かく子供や孫をもてなしながら、実のところすごく怖い。
「あの子(良多のこと)、なんで”人のお古”なんか・・・」
「死に後とは結婚しちゃだめなの。生き別れなら、嫌いで別れたんだから、まだいいの」
「旦那が死んで、まだ三年でしょ?情が薄いのよ、あの人(嫁のこと)」
さらっとだけど、出るわ出るわ、嫁への不満。負のエネルギーがマグマと化しているみたい。長男は溺れた子供を助けたため水死。命日には成人したその子供も招いたいます。「来年も必ず来て」と、救った子の元気な姿を確認して、息子の死は無駄ではなかったと納得したいのだろうと思いきや、その本心を聞くと怨念めいたものを感じて、空恐ろしくなります。しかし何が怖かったって、とし子の言うことが、私は全面的に理解出来るのですね。ということは、私にもそういう部分があるってことでしょ?
頑固でデリカシーには欠けるけど、腹には何もない表裏のない父。優しく良く気がつくけど、心の中に様々な思いを抱えている母。それなりに相性は良いように感じます。陰険に昔の浮気話を持ち出す母は、それ以外にもたっくさん夫には不満があったでしょうが、三人の子供に恵まれ、開業医というステイタスの高い仕事に就く夫を持ち、主婦として満足のいく人生だったはずです。
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07月24日(木)
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