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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「美しすぎる母」


いやー、すごいなぁ。こんなスキャンダラスでインモラル、その上通俗的な内容で、母と息子の哀れや痛々しさが表現出来るんですね。私も息子が三人いて、共感どころか嫌悪感を抱いて当たり前の母親を、理解させてしまうのですから、本当にすごい。監督は「恍惚」が有名なトム・ケイリン(私は未見・超残念)。主演のジュリアン・ムーアの力量も改めて確認できる作品で、実話を元にしています。

1950年前後のアメリカ。貧しい育ちのバーバラ(ジュリアン・ムーア)は、その美しい容姿と社交的で華やかな性格で、大富豪べークランド家の三代目ブルックスを射止め、一人息子のアントニー(成人後エディ・レッドメイン)も授かり、毎日社交界に出入りし幸せの絶頂です。しかし上昇志向のあまりに強いバーバラに、夫や成長した息子の心は少しずつ離れていきます。そんな折、あろうことか夫は息子の恋人ブランカ(エレナ・アナヤ)を伴い、バーバラを捨ててしまいます。悲嘆にくれるバーバラの心は、アントニーだけに向かってしまいます。

今回予告編に出てくるラストと、母子の不適切な関係はネタバレしますので、予告編を未見の方は、ご注意下さい。















滑稽さも皮肉も微塵も感じさせない、とても悲劇的な作りです。ギリシャ神話でも出てきそうな題材ですが、あんなに恐ろしい感じではなく、本当に哀しいです。

とてもエレガントで素敵なバーバラですが、育ちの悪さが随所に見え隠れします。育ちと言うより、女性としてのたしなみ、教養の無さでしょうか?バーバラが貴族との会食の同席をブルックスに懇願する際、「僕にまた猿芝居をしろというのか?」と言い放つ夫。しかしこれは妻に向けての皮肉だと、会食の場面でわかるのですが、妻はその真意には気付いているのでしょうが、夫には隠しているようにも感じます。

上流階級の人を自宅に招いてもそれは同じ。バカにされているのは気付いているバーバラは、感情を爆発させます。表面的にはエキセントリックで我儘な女性に見えるバーバラ。しかし妻の後ろ姿に「いいケツだ」と言う客人をたしなめない夫というのは、いかがなものか?社交界で独り浮いて、美しい道化のようなバーバラの孤独が、ひしひし伝わってくるのです。

バーバラは10歳くらいのアントニーに、母親が自分に言い聞かせていたことを語ります。「いい男をみつけるんだよ」。貧しい暮らしから這い上がるには、玉の輿しかないとこの年代の母親が思い込むのは、しごく当たり前でしょう。母はそれだけを教えていたのではなかったはずです。しかし娘には、類まれな「女」を武器にしろ、そう聞こえたのではなかったか?虚栄心の並はずれた強さは、内面の自信のなさへの表れでもあると感じます。

それをもっとも表わしているのが、彼女のセックス。夫の機嫌を損ねると、娼婦顔負けのことをして、機嫌をとります。鏡に映る横顔は、私は安堵のように感じました。夫に捨てられた直後には、行きずりのタクシーの運転手と。他の男で女としての自信を回復したかったのでしょうか?そして友人のゲイ男性とまでセックス。自分の乾いた心を癒す方法は、彼女にはセックスしかないように感じました。

夫に捨てられてから、あてどなくヨーロッパ各地を放浪する二人。そんなバーバラが、この子にも捨てられるかも知れないと怯えた気持ちを抱き、心の拠り所として、息子との近親相姦という関係に向かっていったのは、彼女的には自然だったのだろうと感じます。

対する息子アントニーは、優しく繊細な感受性の持ち主です。しかし坊ちゃん育ちのひ弱さは、母を本当の意味で守ることは出来ません。「僕は母のために生まれ変わろうとした」というセリフだけで、母のために何かするわけでもなく、ただ傍らにいるだけの息子。しかしその従順ぶりが、このインモラルな母親をいかに愛し、呪縛を感じているのかも伝わります。母性とは本来与える愛が理想だとは思いますが、呪縛の愛になりがちなのも、また真理。


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06月12日(木)
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