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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「接吻」


あぁぁぁ疲れた・・・。理解も共感も超えた狂気のヒロインに、強引にひきずりまわされた後、涙を流すはめになりました。場内が明るくなっても、しばし席を立つ事が出来ませんでした。傑作だとか名作だとか、そういう評価を超えたところにある作品です。監督は万田邦敏。

遠藤京子(小池栄子)は、28歳のOL。友人もおらず家族とも疎遠の一人暮らしで、会社でも孤立しています。ある日無差別殺人で三人家族を皆殺しした坂口秋生(豊川悦史)の逮捕場面をテレビで見て、秋生の不敵な微笑みに自分の内面と同じものを見出し、すぐさま秋生の記事をスクラップし、彼のことを調べ上げます。京子は秋生の国選弁護人の長谷川(仲村トオル)に、自分の存在を秋生に伝えて欲しいと懇願します。京子の一途さを心配する長谷川は、いつしか京子に魅かれていきます。

実は以前から小池栄子が好きでした。演技も安定しているし、何より彼女の醸し出す濃い情感は、最近の若い子には珍しい重さで、グラビアアイドル上がりとは言わせない、強くて古風な風情があります。そんな私の思いを、こんな形で強烈に具現化してくれようとは。

秋生に魂の共鳴を見い出し、彼によって自分の人生は意義のあるものに変わると信じている京子。彼のことを調べ上げたので、秋生のことは心の底まで掴んでいると思い込んでいます。盲目的で恐ろしいほどの感情ですが、私のような年齢の同性から見れば、非常に幼稚な「恋心」だとも終始感じるのです。対する全ての人に頑なだった秋生の心が、京子に向いたのは、単に彼女が女性だったからだと感じます。京子の思い込むような、「世界で二人だけ」の気持ちではなかったように思うのです。

存在感が薄く、人と対する時、いつもおどおどしていた京子が、秋生に夢中になり、彼に受け入れられると、どんどん美しくなっていきます。しかしその美しさは純粋な一途さを感じさせるとともに、他者に向かい社会に向かい、強烈な敵愾心も露にします。京子があることで記者に取り囲まれる中で見せる狂気の笑顔。自分の中で、一線を越えてしまった笑顔でした。あの笑顔は、自分と秋生が同化出来たと信じ込んだ笑顔でしょう。しかしこれは誤解なのです。

対する秋生は、京子と知り合ったことで、初めて自分のしでかした事を、反芻するのです。誰にも理解されないまま、地獄の底まで二人きりを望む京子とは対照的に、社会性を取り戻しつつ、人らしい感情も湧いてくるようになります。この皮肉。

一口に「恋愛」と言いますが、恋と愛とは別モノだと思います。恋とは幻想の産物だとも言えないでしょうか?京子は秋生に恋していても、愛してはいなかったのだと感じるのです。この作品では、京子や秋生の様々笑顔が印象的です。敵愾心に満ちていたり、謎だったり、曖昧だったり。しかし京子の笑顔は、全て自分の心を映し出しているだけで、秋生に向けての、この人の心を受け止めたい、今日一日安らかな想いでいて欲しい笑顔は、なかったはずです。差し入れをしても、秋生の心に入り込もうとしても、その心の中心は、いつも「自分」ではなかったでしょうか?対する秋生の笑顔が、段々京子へ向けてのそれになっていったのとは、対照的でした。

私がすごく気になったのは、京子の住まいです。最初のOLの頃の住まいは、部屋が二つか三つでリビングもある、ファミリー仕様のものでした。部屋のインテリアも、女性の一人暮らしのそれではありません。そして工場勤めになってからの住まいも、部屋が二つある夫婦ものが住むようなアパートです。彼女のような頑なに他者と交わることを嫌がる女性は、隣が何をしていても気にならないような、ワンルームを好むはずです。京子は、いつかこの部屋で愛する人と暮らす自分を、心の底で切望してたのだと感じました。


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06月02日(月)
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