ID:10442
ケイケイの映画日記
by ケイケイ
[928316hit]

■「フィクサー」


面白かった!地味な社会派サスペンスですが、重厚にじっくり描いていて、とても見応えがあります。監督は「ボーンシリーズ」三部作の脚本で有名なトニー・ギルロイの初監督作品で、農薬会社の敏腕弁護士カレンを演じたティルダ・スウィントンが、本年度アカデミー賞で、助演女優賞を受賞しています。

ニューヨークの大手法律事務所に勤めているマイケル・クレイトン(ジョージ・クルーニー)は、本業の弁護士より、表沙汰に出来ない事件をもみ消す、”フィクサー”としての仕事が大半です。私生活では離婚したり、従兄の借金を肩代わりさせられたりと、全くついていません。そんな時同じ事務所に所属する、辣腕弁護士で親友であるアーサー(トム・ウィルキンソン)が、長年に渡り弁護していた大手農薬会社・Uノース社と原告訴訟団との大詰めの話し合いの途中、突然服を脱ぎ出すという奇行の走ります。上司であり雇主であるバック(シドニー・ポラック)から、事態の収拾に向かわされたマイケルは、アーサーが原告団有利の証拠を掴んでいることを知ります。

実はクルーニーと私は同じ年。Uノース社の弁護士役のスウィントンもほぼ同世代で、この作品の役柄も同じような年齢です。若くはないが、さりとて老いてもおらず、人生はバラ色ではないと、今までの経験から深く知っているので、先のほとんど見えているこれからの人生を、どうやり過ごすか?頭を悩ます年代です。

裏稼業でいくら稼いだとて、不安定な人には言えない仕事に不安を感じたマイケルが、「安定」を求めて手を出した副業でスッテンテンになるのは、これもこの年代の特性かも。守りの人生に入りたかったのでしょう。私にはよくわかる。

上司バックが、「裁判所勤め(マイケルの以前の仕事)では、その他大勢でお前は終わったはずだ。今の仕事(フィクサー)はお前でなければ出来ない仕事だ」と、語ります。これはマイケルの愚痴を諌めるだけのリップサービスではないでしょう。何故なら人は誰でも、唯一無比の自分自身というものを、確立したいと願うはずだから。しかし哀しいかな、年齢を重ねるごとに、その願いは、その他大勢でいいから、安定した身分になりたいと変わっていくものです。やはり同世代だろうマイケルの刑事の弟に、年金に執着しているような言葉を吐かせるのも、それを象徴していました。

カレンとて同じです。上司の取り計らいで上り詰めた今の地位を、いつどこで誰にとって代わられるか、常にその不安との戦いです。唯一無比でいることは、とても辛いことでもあるのです。自信満々な公の場の彼女と、落差のあり過ぎるプライベートでのカレン。美しくない、下着からはみ出した彼女の贅肉は、若くない年齢を表わし、インタビューの予習を一人で繰り返す姿からは、ピリピリした孤独が漂います。

アーサーは彼らより一回りくらい上の年齢でしょう。弁護士というのは、依頼人からの要望に応えるため、清濁併せ飲んで、自分で浄化する力が必要な仕事だと思います。法廷は必ずしも真実が明かさせる場であるとは、限らないから。濁の部分を飲み続けた結果が、アーサーの心の病の発症なのだと思います。アーサーより更に一回りほど年上そうなバックは、色んな意味で屈強な心の持ち主であったろうとは、想像に難くありません(ポラック好演)。

しかし真実を明るみにしようとするアーサーは、とても生き生きしているのです。病気でネジが緩んだ明るさではなく、心の底から開放感を得ているようでした。長年公私ともに支えてくれた妻は亡くなり、娘とも疎遠。守るべきものが無くなったアーサーが、長年心に溜まった澱から解放されたいと思うのは、とても自然なことです。有能弁護士から変貌してしまったアーサーが、時折見せるかつての鋭さなど織り交ぜて、ウィルキンソンの演技は絶品。彼も助演男優賞候補だったので、今年のオスカー審査員は、すんごく悩んだと思います。


[5]続きを読む

04月17日(木)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る