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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「さくらん」
予定外だった作品でしたが、観て来ました。当初は観る気でしたが、評判の低さから手帳から消去(手当たり次第に観ているようだか、これでも選んでいるのだ)。しかしここへ来て、映画友達の方々の「なかなか良い」との感想に方向転換。しかし最大の理由は、この劇場を上映する動物園前シネフェスタが、今月限りで廃館になるからです。

シネフェスタは、私がまた映画館通い出来るようになった5年前、初めて会員になった劇場で、梅田まで行かなくてもミニシアター系の作品が観られる、貴重な小屋でした。24日から31日までさよなら上映があるも、子持ちには鬼門の春休み中な上、お姑さんの白内障の手術もこの期間中の予定。是非何か一本とは思っているのですが、非常に危うい状態です。ということで、まずは保険の鑑賞でした。しっかし巷の評は厳しいですよねー。私なんか三回も泣いちゃったのに。

時は江戸時代。華やかな吉原遊郭の玉菊屋に8歳の時に売られて来た、きよ葉(土屋アンナ)。何度も玉菊屋から足抜きしようと試みるも、必ず連れ戻され折檻が待っていました。そんなきよ葉でしたが、御職の花魁粧ひ(菅野美穂)の手厳しい指導の元、一流の花魁になろうと決意します。生来の美貌と気の強さから、一風変わった花魁に成長したきよ葉ですが、人気はうなぎ上り。そんな彼女に先輩花魁高尾(木村佳乃)は、嫉妬から辛くあたります。そんな日々を送るきよ葉でしたが、ある日運命の客惣次郎(成宮寛隆)に出会います。

皆さん仰るように、極彩色で彩られる遊郭の風情や花魁たちの衣装は、かなり今までの吉原ものと違いますが、内容はしごく真っ当な女郎さんものです。幼い時に売られ何度も足抜けしようとするが失敗。腹を据えて仕事に励み成長する。女同士の確執。不実な間夫(まぶ)の存在、刃傷沙汰、妊娠、身請けなどが描かれています。底が浅いとの評が多いですが、私は年がいっているので、描きこむ以上のものを感じたのか、あまり気になりませんでした。

ここからネタバレ(ネタバレ以降にも文章アリ)











きよ葉が訪ねてこなくなった惣次郎を観に行ったのは、自分の気持ちを確かめたかったからでしょう。きよ葉に見えた惣次郎は、彼女が作り出した白馬の王子様のようなもの。いつも手練手管で男を酔わす花魁が、タイプの客の手練手管に乗ってみたかったのは、わかる気がするのです。間夫という生きがいにも似たものがなければ、体を売って生きるのは辛いことでしょう。それは高尾の「生きても死んでも地獄」という言葉や、そんな地獄を見る姐花魁たちを見ながら、間夫のいない若い花魁若菊の、嫉妬の裏の「羨ましい」という言葉が表しています。男の本心を知った後、川に号泣しながら入るきよ葉に、まず初回の涙。

身請けが決まったのに、誰の子かわからない子を宿し、産みたいという日暮(きよ葉から改名)。お手内になるぞとの手代の誠治(安藤政信)の言葉に、「誰の子でもあたしの子だよ!腹のガキといっしょに殺されりゃぁ上等さ!」に二度目の涙。これは日暮の誠ですね。多くの花魁は堕胎を選ぶでしょう。花魁が子供を産む、それは著しく自分の商品価値が下がり、郭から出る夢も叶わないでしょう。それでも「誰の子でもあたしの子だよ!」は、これは女にしか出てこない台詞のはずです。女同士の共感が湧きます。そして売れっ子花魁になりながら、彼女の芯は花魁に成り切れないのだとも、表しているとも思いました。

そして流産後、思い出の桜の木の下で「昨日までお腹にいたんだよ・・・」と号泣する日暮に、思い切り同調して泣く私。この辺はもう私の持っている本能的なもんなので、観た方みんなが泣くとは思いません。

私事ですが、私も流産の経験があり、二つ身になれず昨日までお腹にいた子がいなくなる、あの耐え難い感情は、どんな言葉を尽くしても言い足りません。ですから余計な演出の無いたったこれだけのシーンで、私はあの時の感情がまざまざ蘇りました。それだけ土屋アンナの演技は大変上手かったということでしょう。そういえば彼女、頑張るシングルマザーなんですよね。


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03月13日(火)
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