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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「初恋」
梅雨に入りあんまり体調が芳しくありません。雨が降ると不調になるので、この作品も延び延びになっていました。まだ術後二ヶ月半ほどですから、のんびり行こうぜと思っています。本当は昨日は「インサイド・マン」にしようと思っていましたが、朝にうちの掲示板を覘くと、常連さんのみぃさんと眸さんが良かったの感想を寄せて下さっていたので、急遽差し替えました。女子高生があの三億円事件の犯人だったという、大胆な着想の作品のタイトルが、何故に「初恋」?と思っていましたが、観れば納得。久々に少女期の胸のときめきが蘇りました。
昭和40年代。女子高生のみすず(宮崎あおい)は、家庭にも学校にも居場所がなく、孤独を託ち生きていました。彼女の父は亡くなり、母は兄リョウ(宮崎将)だけを連れて家を出て行き、みすずは叔父夫婦に預けられていました。そんな寂しい日々を送るみすずの前に、突然兄が現れます。自分ならいつでもここにいるからと、自分がたむろしているジャズ喫茶「B」のマッチをみすずに渡します。そこにはリョウの友人達がおり、みすずも仲間に加わります。そしてその中の一人東大生の岸(小出恵介)に、みすずが特別な感情を抱き始めた時、彼からあることを手伝ってくれと言われます。
前半は「B」にたむろする若者たちが中心に描かれます。当時の世相は学生運動華やかなりし頃で、警察との攻防なども描かれますが、この若者達は国を憂う怒れる若者たちなどではなく、経済的に底辺なことや、自分の才能が評価されないことに対する怒りを、刹那的な暴力やドラッグ・酒で鬱憤を晴らす輩です。雨降る中、門限まで家に入りたくなく濡れ鼠になる痛々しいみすずと比べ、彼等の怒りや鬱屈は、私には幼稚なものに思え、あまり共感出来ません。
リョウもみすずを誘っておいて、孤独な妹に兄らしい優しさや頼りがいを見せる訳ではありません。そのことも不満な私。当時時代は敗戦から立ち直り、高度成長に移行する過度期で、「B」にたむろする若者達と同じような境遇の者も、いっぱいいたはず。彼等が全部世間や権力を怨み、後ろ向きにエネルギーを発散していた訳では有りません。コツコツ勉学や仕事に励み、将来に夢を馳せ真面目に生活していた人もたくさんいたはずです。私の夫は昭和28年生まれで、この時代は中学生です。仕事に恵まれない父親を持ち、仕立物の内職をしながら一生懸命家計を支える姑を見て、三つ上の義兄と二人、小学校の時からアルバイトをして、家計の助けをしたそうです。だから貧しさや恵まれない家庭の子が、それを理由にぐれるのを、夫はとても嫌います。
しかしリョウとみすずの母親の見せ方で、ある思いが湧きました。昼間から酒びたりで、下着姿で酔っ払って寝ている姿はとてもだらしないです。そして息子に、「あの人、なんで帰ってこないんだろう・・・」と、出て行った男の相談事を息子にする姿は、なんともやりきれません。私が気になったのは、終始後姿だけで顔が見えません。もう一度画面に出ますが、その時も後姿だけ。彼等にとって母親は、嫌悪感も愛情も抱かせない「顔のない」存在なのです。私の姑は毎日の辛い日々を、韓国の実母に宛てた手紙にしたためては、泣きながら破いたそう。そして子供4人が健やかに成長している写真と共に、良き本当のことだけをまた書き直したそうです。泣いた顔、辛い顔、そして愛情いっぱいの母の顔を見せた姑は、子供たちに真面目に暮らして母親を喜ばせたい、一生懸命働いて母親を楽にしてあげたいという、子供にとっても財産になるような心を引き出したのだと思います。
リョウとみすずの母親だけではなく、権力者の息子に生まれた岸も、父親の「汚い大人」ぶりに怒りながら、その恩恵に預かっていることは気づきません。それどころか、父親に恥をかかせることが、父親に対抗する手段だと思っている甘ったれです。しかし父も画面に出てこず、秘書を通じて父の姿が浮き彫りになるだけです。遠く離れた親子の心をみて、彼等の幼稚であるからこその痛みに、哀しさを感じます。
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06月23日(金)
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