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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「ヴェラ・ドレイク」
「クロ高」を観に行った時、横のスクリーンで上映していたのがこの作品です。早い時間から整理券を発行しており、こんな地味な作品がとびっくりしていましたが、なんと平日も同じ状況のようで、上映時間に滑り込んだのはいいけど、一番前のど真ん中しか、席は空いていませんでした。
監督のマイク・リーの作品は「秘密と嘘」「キャリア・ガールズ」しか観ていません。正直いうと、良い作品だとは両方思いましたが、世間の賞賛の声からはちょっと間引いた感想を持ちました。しかし力量と良心を兼ね備える監督とは認識しており、この作品で初めて大きな手ごたえを感じました。

1950年の戦後間もないイギリス。ヴェラ・ドレイク(イメルダ・スタウントン)は、弟の自動車修理工場で働く夫、昼はテーラー、夜は夜学に通う息子、工場に勤める娘を持つ平凡な主婦。病弱な母親の世話もしています。家政婦の仕事を持ち自分も豊かではないのに、恵まれない隣人にも家族同様のような愛を注ぐ愛深い人です。そんなヴェラですが、家族にも言えない秘密がありました。事情があって子供を中絶することが出来ない女性たちに、国が禁止している堕胎の手助けをしていたのです。

前半貧しいながら、一生懸命家庭に隣人に愛を注ぐヴェラの姿に心が和みます。狭く貧しいアパートをきちんと整え、家族を暖かい言葉で包みながらの夕食風景はとても楽しそうで、ヴェラの家庭が健全で愛情いっぱいなのがわかります。いつ何時でも、家族に来客にお茶を振舞うヴェラ。そのティーポットは手作りのティーコゼーに包まれ、まるでヴェラの愛情がお茶とともに注がれるようです。

夫スタンは教養も包容力もある素敵な人ですが、経済的には恵まれた生活を家族に送らせているとは思えません。しかし彼の男としての不遇には、男盛りに戦争があったということと無縁ではないと、監督はさりげなく示します。しかし善良な男性にありがちの卑屈さを彼から感じないのも、ヴェラの支えがあってです。「戦争さえなければ、あなたは弟の下で働く人ではないわ。」ではなく、「家族を守り子供たちを育てた。あなたの人生は立派よ。」と優しく語ります。私は今のあなたで満足している、今のあなたが立派なのよということです。ヴェラ夫婦が一つのベッドでお休みのキスをした後、じゃれあって足を暖めあう姿と、経済的に豊かな弟夫婦が義務感のようなセックスをする風景を対照的に描きながら、夫婦に一番大切なのは何か?監督は観客に考える時を与えてくれます。

そんな素晴らしい人であるヴェラが、本当に人助けと思って行う堕胎の手助け。私でも危険な方法だとわかります。母体に危険が及んだこともたくさんあったはずなのに、お互い名も知らせないので彼女は知らなかったのでしょう。それ以前に危険と言う認識もなかったはずです。夕方5時に堕胎の手助けをして、家に帰れば鼻歌を歌いながら夕食の支度をするヴェラ。本当に恐ろしい。無知は罪と言う言葉がありますが、彼女の最大の罪は善意の中で見えなかった無知だった、ということだったのでしょうか。

色々な事情で子供を生むことが出来ない底辺の女性がヴェラを頼ります。一方裕福な家庭の女性は、法外な値段ながら安全に病院で堕胎します。しかし女性としての哀しみに差があるわけでなし、子供を産めない代償は、肉体的にも精神的にも女性だけが負います。堕胎の是非を問う作品ではないと観方もありますが、私は裕福な女性をも描いたことで、全ての女性は母体を守る権利があるのだと感じました。これはもちろん中絶を肯定した意味ではありません。


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08月06日(土)
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