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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「パッチギ!」
良かった良かった!すごーく良かった!延び延びになっていたこの作品を、たった今シネフェスタで観てきたところです。ネットを通じて親しくさせて頂いている方たちには、概ね好評なので、しっかりした作品だとは思っていたのですが、ここで描かれる在日は北朝鮮系の人たちで、韓国系の私には日本の方たちが思っている以上の温度差があります。その点を危惧していたのですが、南北関係なく在日の心がじっくり掘り下げられていました。
話の筋は簡単で、今から35年ほど前の京都が舞台。日本の学校と朝鮮学校の不良たちの対立を舞台に、国籍を越えた高校生達の恋や友情が描かれます。
私自身は幼稚園から短大まで日本の学校に通名で通学しており、夫も子供たちもそうです。一番多い在日のパターンではないかと思います。子供の頃「あんた南?北?」と、在日の友人から聞かれたりしたので、この時代はどちらに属する在日であるかというのは、今以上に大問題だったと思います。
アンソンの壮行会でも、北に帰国することに疑問のない彼らから、「民団(韓国系)は、北に帰国したら悲惨な目に会うと言うてる。」というセリフが出てきます。その当時から日本人と同化した生活をしていた私たちより、民族服で学校に通い本名で通す朝鮮学校の彼は、当時の差別の激しさを考えれば、肝の据わった人たちだったと思います。
乱闘シーンがふんだんに出てきます。それに引いてしまう方も多いかと思いますが、やったらやり返す連続で、何度も何度も殴り殴られ血みどろになるのは一見不毛に見えますが、これだけお互い命懸けで戦うと、お互い「あいつなかなかやるやないか。」と言う気持ちになるんじゃないでしょうか?「お前ら気持ち悪いんじゃ」とはっきり言われた方が、何故気持ち悪いのか、差別の心を持つのか反論でき、ことなかれで差別の気持ちを隠して接せられるより、いっそ気持ち良かったです。この作品では暴力を通して描かれていましたが、差別をなくすには、建前でなく本音の気持ちをぶつける大切さが言いたかったと感じました。きっと彼らは5年たち10年たち町でばったり会ったなら、「おぉ!」と声を掛け合い、お酒でも酌み交わすのではないかと思います。
それ以上にお互いを理解するのは、やはり人を愛する純粋な気持ちなのだということも、しっかり織り込まれています。康介はキョンジャに一目ぼれしたことをきっかけに、ハングル語を覚え、在日の人たちの気持ちを一生懸命理解しようとする姿、自分の子を生んでくれた日本人の桃子と子供のため、北朝鮮に帰国するというのを止めると言うアンソン、そんな彼に「私とこの子も連れてって、そして守ってや」という桃子に、人を愛する、守りたいと言う気持ちは、全てのことを越えさせるのだと感じます。
同胞同士助け合い、血の通った者通しのような情の深い付き合い方をする様子や、父親が亡くなったため、幼い弟妹を養うため朝鮮学校を中退して看護婦になるガンジャの姿など、何より家族を大切にする心も織り込まれ、私が在日の最もよき部分だと思うところが描かれていて、嬉しく思いました。
私自身は父親のおかげで金銭的には苦労したことがなく、今も裕福ではありませんが、それなりに楽しく暮しています。しかし、この作品に描かれる最底辺の貧乏暮らしや、チェドキの葬式で父親の語った部分に昔を重ねる人も、在日にはたくさんいるのも事実です。「目が合ういうて、全部けんかしとったら体がもたへんやろ。」とアンソンに言われるチェドキが、康介に言った、「俺もほんまはけんかするのん、怖いねん。角を曲がったら100人くらい待ち伏せされてる夢みるねん。」と言うセリフは、学歴もなく財力もなく、差別に対抗するのは腕っぷししかなかった在日の、必死で虚勢を張りながら生きなければならなかった本音が垣間見え、同じ血の私には胸に残るセリフでした。笑いと血と汗の風景の中、繊細な描写の数々が印象深いです。
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02月27日(日)
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