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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「世界にひとつのプレイブック」
忘れちゃならないのが、お母さん。子供を溺愛する過保護ママと宣伝に書いていますが、本当に映画観て書いているのかと。息子が患っていた事は知らなかったはずの母。まずは精神科患者の家族としてビギナーです。そんな母が、我が手で息子を何とかしたいと思うのは当たり前。ちゃんと裁判所で手続きを踏んでいるし、許可も貰っているのだから、過保護だなんて、言われる筋合いはないです。子供を見守るなんて芸当、ず〜と後から出来るもんです。裁判所の採決の時のお達しが、きちんとカウンセリングに通い服薬する事でした。それを母は決して忘れません。渋々でもパットが受診に繋がったのは、彼女のお陰です。そしてあの親父。賭け事で熱くなったのは、今回が初めてではないはず。この夫を支えて家庭を守ってこれたのは、彼女が賢い妻・優しい母であった証拠です。それを表現したのが、団欒の場には必ず登場する、カニの唐揚げだったんでしょう。

退院はさせたものの、アクシデントに「やっぱり退院させるべきではなかった」と泣く母。親の気持ちもぶれています。しかしその母を見つめるパットの悲しげですまない表情を見逃さないで欲しいのです。彼もまた、親に申し訳ないと思っている。お母さん、あなたの息子は冷血漢ではありません。心優しい息子なんです。

劇中でカウンセリングと服薬の必要性をきちんと説き、ダンスによる運動のお蔭で、熟睡し規則正しい生活が出来る様になっていきます。そしてダンス大会に出場すると言う目標でやり甲斐が出来る。二人共生き生きする様子は、精神科患者のお手本のようです。薬は患者を決して廃人にするものではありません。調子が良くなり、減薬していく患者さんを、私は確かに知っています。そうやって頭がすっきりしてきたパットは、ティファニーのサインに気づき、新たな目標ができた今、妻に対しての固執は、間違ったものだったと気づいたのでしょう。精神疾患に完治はなく、寛解もあまりないのが現実。きちんと病識を持ち医師に診てもらう、その重要性が作品に盛り込まれているのは、本当に感激しました。

一見ハッピーエンドのような結末は、ほんの一歩踏み出しただけ。二人は失業中のままだし、周囲も同じです。しかし幸せそうな二人の顔を観て下さい。幸せだと感じられる、その事が大事だと思います。トルストイの「アンナ・カレーニナ」の出だしは、確か「幸福な家は似かよっているが、不幸な家はそれぞれ異なる」だったと思います。文豪に物申して大変恐縮ですが、現代は幸せの形も異なると思うのです。人間は不完全なもの、人生は皆が欠落を抱えて生きています。人と比べない自分なりの幸せを求め生きて行く、その尊さを教えてくれる作品です。

02月28日(木)
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