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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「淵に立つ」
そして突然、鈴岡家に取り返しの付かない傷跡を残し、八坂が去った八年後。全く変わらないどころか、少し身ぎれいになった夫に対して、とんでもなく老け込んだ妻。何て鈍感な男だろうと、私は腹立たしく思いました。それが、利雄の告白で、何故彼が若返ったかのかを知ります。八坂が残した傷跡のお蔭で、心が軽くなったのですね。孝司の存在により露わになった、夫婦それぞれの八坂に纏わる罪と罰。利雄は利雄で、一生罰は背負って行こうと思っているのです。

真逆の反応をする章江。信仰しているはずの彼女の方が、納得しない。この矛盾も、とても理解出来ます。私は章江と同感です。

筒井真理子が素晴らしい。良い女優さんだと認識はしていましたが、美しく楚々とした8年前は、フランス女優のような絵画的な優美さの中、章江の憂いを的確に表現。そして8年後。何でも監督と話して、三週間で13キロ太ったのだとか。髪形こそ変えていましたが、老けメイクらしきものはありません。なのにこの8年間の章江の苦悩まで透けて見える様子に、驚嘆し、感嘆しました。監督によると、筒井真理子ありきで作った作品だとか。その責は十二分に果たせたと思います。その他、演技陣全てが、日常生活に包まれた不穏を表現し、素晴らしい好演でした。

オルガンの意味、象徴的な色使い、罪と罰の認識、その他舞台挨拶で伺った監督の狙いは、ほぼ受け取れました。それって作り手と観客の至高の幸せですよね。

「ラストは、私はあの夫婦は別れないと思いましたが、監督として明確な答えはありますか?それとも観客に委ねていますか?」との私の質問に、即答で「観客に委ねています」と返答していただきました。たった2時間で、人の人生の答えは出せないという事です。これを、人生を考える時間を与えて貰ったと思うか、委ねるのは作り手の手抜きだと思うか、そこがこの作品を観るか辞めるかの分岐だと思います。私は前者なので、観て良かったです。

八坂で始まり、孝司で完結する鈴岡家。私が別れないと思ったのは、誰にも、連れ合いにさえ知られたくない、自分の罪と向き合った時こそ、人生の淵に立った時だと思ったから。どんな結果になろうとも、一人では辛すぎるこの重さを支え合うのは、夫婦しかありません。そして孝司。彼は夫婦にとって、悪魔か天使か?私は恵まれない生い立ちに負けない強さを持った、孝司が好きです。孝司を天使だったと思える為にも、利雄と章江には、是非これからも人生を共に歩いて欲しいと思います。

10月11日(火)
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