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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「ぼくたちの家族」
恐る恐る母の入院費を妻に頼む長男に対して、子供にお金で迷惑かけるなんて、信じられないと言い切り、嫌味三昧の妻。自分は妊娠中を理由に、姑の見舞いにも行きません。妻の言い分は正に正論。でもね、この正論を全う出来る人って、世の中の何パーセントなんだろうか?人生には不慮の事不足の事がいっぱいで、そこで軌道修正しながら、頑張るもんじゃないのかな?欠陥だらけの両親ながら、そこで息子たちが確信したのは、借金ではなく、自分たちへの愛情でした。

最初の病院で匙を下げられ、自分たちで母を治療してくれる病院を求めて奔走する兄弟。私も息子三人なので、ここでもまた号泣。今日の占いでラッキカラーや数字のゲン担ぎをする次男。その通りに事が運ぶのを、私はご都合主義だと思わない。子供を育てている間に、何かに守られたと、不思議だったり有難い経験をした人は、私だけではないはずです。私がジーンとしたのは、鶴見辰吾の医師が、「若菜君、ここで何件目?僕にも君くらいの息子がいるんだよ」の言葉です。ありふれた言葉ですが、それが責任以上の医師としての感情を動かした理由なんですね。あの先生、「タクシー代あるか?」と聞いていたけど、無いと言えば貸したんでしょうね。

一見冷たいように見える次男ですが、彼がこのようになったのは、兄の引きこもりで、両親の思いが一心に長男に向いた時期があったからだろうと思います。それが軽薄さと冷静が共存するような、彼を作ったのですね。母が次男を話し相手にする様子は、きっと幼い頃からの習慣なのでしょう。慈しむように母の話し相手をする様子に、本来の彼があるのだと思いました。

この作品は原作者の早見和真の実体験が元だそうで、だからなのか、簡素ながら心に響くセリフがいっぱなのです。母が倒れた晩、自宅に泊まった兄弟ですが、きちんとパジャマを着て寝ていた弟に、「パジャマなんか着やがって!」と怒る長男の気持ち、わかるなぁ。俺は着の身着のままなのに、どうしてそんな悠長なのか!と言う気持ちでしょう。この家の諸悪の根源は、自分が引きこもりだったからだと思いつめる長男が、「お母さん、迷惑かけてごめんな」と振り絞るように言うと、母は「そうだっけ?忘れちゃった」と明るく笑う。そうなんです、うちの子供たちも親に迷惑をかけたと言うのですが、私はそんな記憶がない。多分その時は大変だったのだろうけど、今元気で働いている姿を見れば、そんな事はどうでもいい事なんです。出産の痛みと一緒かな?夫だと、こういう訳には行かないんだなぁ。だから「それでも好きなの」が、大事なんですね。

自分たちの知らない親の弱さを目の当たりにした兄弟たちは、今度は自分たちが親を守ろうとする。そしてそれぞれが分相応に成長していく様子に、またまた涙。長男の妻が、自分の家庭を守りながら親を助けようと奔走する自分の夫を、「かっこいい」と表現してくれました。必死で妻子や親を守ろうとする男性は、私も「かっこいい」と心底思います。捨てるよりずっとずっと。

許されるなら、姑の見舞いに行きたいと言う長男の妻。入院費を援助しながら、ここまで頭を垂れる姿は、ひとへに「かっこいい」長男のお陰です。よく息子が結婚したら、他人になると言うでしょう?息子しかいない私は、この言葉を聞くと寂しい限り。お嫁さんが他人で終わるのか、それとも家族の一員となってくれるのか、それは自分の息子次第なのだと、改めて感じ入りました。

出演者は総じて良かったです。特に四人のアンサンブル。家族として違和感がまったくなかったです。チョイ役の鶴見辰吾、板谷由夏、ユースケ・サンタマリア、市川日実子も、全て温かさがあったの良かった。


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05月30日(金)
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