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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「ペコロスの母に会いに行く」
もしみつえが夫を許さなかったら?こんなにも息子に手厚く介護してもらえただろうか?と、感じます。この感情は、母と息子が共有しているはず。ゆういちが何故離婚して東京から帰ってきたのか、理由は語られません。もしかしたら、みつえの介護が原因じゃないかと思いました。私は身近に何人も、定年後の御主人が自分の親の介護をするため、実家にも戻っているのを知っています。妻は伴わず。私の友人知人たちは、皆離婚ではなく、別居です。自分の親は自分で介護すると言うことでしょう。こういったケースは、人生の終盤が根底から覆されることですから、軋轢があって当たり前。新聞に同様のケースが紹介されていて、「苦労して育ててくれた親の晩年は、心配事がないよう送らせたい。快く送り出してくれた妻に感謝している」と、書かれていました。

ずっと思い出に浸りながら観ていた私ですが、老後の観念を根底から覆される出来事が目の前に。ゆういちはだいぶ認知の進んだ母を連れて、祭りに行こうと計画します。案の定右往左往する息子たち。この姿は、幼い子供たちを連れて、あちこち出かけていた私たち夫婦じゃないですか。子供が喜ぶだろう、その笑顔が観たい一心でしたが、子供全員が成人した今、その時の事を懐かしく楽しく話すのは、夫と私だけです。子供は親から必ず自立するもの。その時寂しくないように、あれは子供のためではなく、私たちが子供との思い出作りに、いそいそ出かけていたのだなぁと、今思うのです。

今度は子供が親に同じようにする。親孝行したいと想う気持ちは、遠からず死にゆく親との思い出を作りたいから。その準備なのだと、ゆういちを観てはっきりと感じました。「母ちゃん、ありがとう!忘れてよかけん、いつまでも元気で!」。この温かい言葉の底には、切ない切ない息子の心情が溢れているのだと思うと、またもう泣けて。

祭りでひとり残されたみつえが、いつの間にかいなくなり、大騒動に。実は姑生前の時、温泉に連れて行って欲しいと言われ、二つ返事で連れていった夫と私。姑の体と髪を洗い、今度は自分と、「おばあちゃん、湯船のへりに座っといて。滑ると危ないから、そこで待っといてね」と言い、急いで体を洗いシャンプーしていると、嫌な予感が。後ろを振り返ると、姑おらず!足元もおぼつかない姑、滑って骨折したら大変やん!と、真っ青になって探し回ったら、何と露天風呂でほっこりしています(笑)。無事で良かったとへなへなとしている私に、姑は「あんた、頭泡だらけやで」とニコニコ。「ほんま、自分の母親やったら、怒鳴り散らすとこやけど、姑やから怒ることもでけへん」とブチブチ兄嫁と義妹に愚痴ると、二人は口々に「ごめんな」「ありがとう」と言いつつ大笑い。

しかし今思えば、姑が長生きしてくれたお蔭で思い出がいっぱい。次男の嫁で別居の私が、疎遠になっても仕方無い夫の実家で、しっかり居場所を作り、夫の兄弟たちと仲良くしているのは、姑のお陰なのです。私は親の世話をしている、親孝行していると思っていましたが、それは自分のためだったのだなぁと、この作品を観て、しみじみ思いました。

ひとり桟橋に佇むみつえは、また過去と現在を行ったり来たりしています。長い人生、様々な人々との出会いと別れがあったはず。全ての人と許し許されするのは難しい。しかし認知症の彼女は、軽々思いで深い全ての人々と恩讐を超えて仲良くしているのです。「認知症も悪いことばかりじゃない」との、ゆういちの言葉が深々胸にしみます。

私の年齢になると、友人たちとの話題は健康と老後。私を含む全員、子供には迷惑をかけたくないと思っています。でも手のかかる実母の世話をして、私は不幸だったのか?苦労はとってもしたけど、その後私は確実に一回り大きくなっていたはず。そしてこの作品を観て、溢れ出る私の姑への思いは、とても尊いと自分で思うのです。この作品を観て、息子たちには、ちょっとくらい迷惑をかけようと思い直しました。私が死んでも、息子たちが心残りなく、寂しくないように。この尊い思いを息子たちにも味わってもらうべく、長生きしようと思います。

11月22日(金)
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