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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「泥の河」
きっちゃんの母は、夢のように美しい女性でした。こんな汚い郭船には似つかわしくない、淑やかな美貌です。夫の生前も船での暮らし。一時は子供のために船から上がり、工場勤めもしたと言います。とても複雑ですが、私は彼女が夫を今でも愛しているが故、この船で客を取っているのかと感じました。彼女ほどの美貌なら、子供を養うため、妾稼業も出来るはず。しかし一人の人に身を任せるのは忍びなかったのでしょう。ゆらゆら海に漂っているのは、彼女の心なのですね。地上に魂はないのでしょう。懐かしい夫との思い出の船の中だけに生きる彼女。客を取り糊口を凌ぐには、やはり子供のためでしょう。母親のよがり声を聴きながら生活する姉弟。それがどういう事か、子供心にわかっているはず。銀子の子供らしからぬ聡明さは、同性として母親の女心を包んでいるのだと思います。それが出来ないきっちゃん。祭りの後の出来事は、歪な心を蟹にぶつけているのだと思いました。

自分の子供の頃、大人の世界を朧気に理解できているのに、知らない振りをしていた事を思い出しました。親も知らない事です。また都合良く、親も知らないふりをしていた事もあります。信雄ときっちゃん・銀子の出会いと別れを観て、形を変えて自分にもそういう事があったのだと、今懐かしく思い出しています。それで良かったのだと。

モノクロの映像は美しく、公開当時の昭和56年によくあんな風景がまだ残っていたなと、びっくりしました。細々した日常を映すだけなのに、とにかくどのシーンも心に染み入るのです。当時の子は親の顔色を見ながら生活するも、子供は親が大好きだったのがよくわかります。それは今の子供たちだって、同じはず。昔を懐かしむのでなく、昔が良かったとも、全く語らない作品。だから時代を越えて愛されるのでしょう。今の時代の「泥の河」を描く作品が作られないかなと思います。

06月20日(水)
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