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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「クロッシング」
やっとの事で父とジュニが電話で会話出来た時、ジュニの最初の言葉は「お母さんを守れなくてごめんなさい」でした。この言葉に私は号泣。一人で恐ろしかった、または結果的には置き去りにした父親を詰る言葉があってもよかろうに、たった10歳の子の言葉は、自分を信頼して母を託してくれたはずの父の期待に応えられなかった、その事への謝罪でした。息子として、幼くても男としての責任を果たせなかったジュニの悔恨は、そのままヨンスの重い重い悔恨でもあるのです。他方は信じられない劣悪な環境に身を置き、他方は北朝鮮ではあり得ない安定を享受し。しかし一緒に暮らしたいと言う共通の願いは、二人とも一度も忘れた事はないのです。

この作品の成功はヨンス一家のお互いを思いやる強い心を、シンプルに力強く描いた事だと思いました。今の日本や韓国でジュニのこの言葉は、中々引き出せないセリフだと思います。私も不謹慎ですが羨ましいような感情に駆られ、この美しい心を持つ善良な家族の幸せを願わずにはいられないのです。この作品は韓国国内のみならず、世界的な展開を視野に入れた作品のはずです。この作りなら、どの国でも理解出来るのではないでしょうか?

この作品を北朝鮮をバッシングするプロパガンダ映画だと評する声も聞かれます。確かに想像以上の劣悪な収容所の様子、ストリートチルドレンの悲惨な様子が描かれ、目を覆いたくなる描写もありました。しかし私が観る限り、声高に北朝鮮の体制を批判する描写は皆無でした。映したのは「ありのまま」だった、と言う印象が強く残ります。作り手はその「ありのまま」を観て、観客に感じて欲しかったのではないかと思います。

出演者ではヨンス役のチャ・インピョが大熱演で好演しています。誠実で心の逞しさを感じさせる風貌が良く、夫として父として、責務が果たせぬヨンスの壮絶な焦りに、とても感情移入させられました。ジュニ役のシン・ミョンチョルも素直で明朗な様子が好感が持て、何度も泣かされました。

エンディングで流れる浜辺で家族ぐるみで近所の人々が遊ぶ様子。子供たちは元気にはしゃぎ、大人は鍋を囲みお酒を飲み、楽しく歌い踊り。仕事に励み家庭を守る人々が、休日にささやかに楽しむ、人として当たり前の風景です。その当たり前の生活が許されないのが、今の北朝鮮なのです。同じ民族として、朝鮮半島の半分に住む人々が、心穏やかに人生が送れるよう心から願う、監督の心が現れていたように思います。

心斎橋シネマートは超満員でした。大阪ではここだけの上映ですが、一人でも多くの方に観ていただき、上映館が増えればと思います。私の感想が微力でもその力になればと願っています。

05月03日(月)
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