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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「闇の子供たち」
南部の現地での取材方法なども、とてもスリリングなのですが、日本での取材方法に疑問が湧きます。取材に恵子も同行させるのですが、その必要はありません。あの展開は同行させればわかりきったことで、強引な運びだと思いました。日本の闇ルートの黒幕に取材に行った際にも、向こうの用心棒にぼこぼこに殴られますが、相手は天下の新聞記者、すぐに訴えられるはずで、余計に話は拙くなるのでは?危ない橋を渡る人が、こんな頭の悪い事をするでしょうか?
銃撃戦の演出も謎。あんなに人がいっぱいのところで、事を起こせばその後どんな展開になるのか、目に見えています。目に見えているから、あの結果では、少々強引過ぎます。最初に発砲した相手も意味不明。狙う相手が間違っています。
子供を買う側にも、NPO側にも、元は売春宿に居たであろう大人が出てきます。何故両極端の生き方になったのか、その辺をもう少し掘り下げて欲しかった気がします。二人ともが「日本人嫌い」というのにも、監督のメッセージが含まれているのでしょう。
そしてラストのオチ。違和感がいっぱいだったのですが、原作とは変更してあるそうです。何度も回想場面が出て来たので、薄々気づいてはいました。監督は「日本人の罪」について、深く問いたいようです。南部の同僚記者清水(豊原功補)が語る、「この子だけを救っても、何も状況は変わらない。元を根絶せねば同じことが繰り返されるだけだ。そこを打開しなくてはいけない。記者は観て観ぬふりをするのではない。観て観たものを書くのだ」というセリフは、本当にそうだなと私は感じ入りました。この作品の世界観を要約すると、このセリフになると私には思えます。ならば「日本人」にだけ、罪を特記したようなこのオチは、返って焦点が散漫になった気がします。
予告編にある、宮崎あおいとキスしている少女の運命は、彼女が字が書けたことから決まりました。NPO法人が、学校に行けない子供たちのために字を教えるのは、正しかったわけです。教育の必要性を本当に実感させられました。教育は親にも必要です。世の中の仕組みの裏しか知らない貧困層に、人間としての倫理や尊厳を理解してもらうのには、やはり教育だと痛感しました。子供たちだけを救っても、状況は変わらないでしょう。タイのスラムで学校を作るための寄付があれば、是非したいと思います。
少々消化不良気味でしたが、阪本監督のタイの子供たちの現状を観て知って感じて欲しいという思いは、十分過ぎるくらい感じました。フィクションである映画ならでは凄みも、再確認出来ます。その志の高さに、監督や全ての出演者に敬意を払いたくなる作品です。この感想文が、一人でも多くの方に観ていただけるきっかけになれば、とても嬉しいです。
08月07日(木)
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