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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「告発のとき」
一人の兵士は、捜査するエミリーに向かい「国を守る俺たちに感謝しろ!」と、食ってかかります。しかしその後の彼の顛末は、国を守ったあげく、鬼畜となってしまった自分が許せなかったのだと、感じさせました。

「さよなら。いつかわかること」でも、抒情的に父と娘二人を映しながら、アメリカの持つ父権性、男性意識に拘る姿を映していましたが、こちらは女性を排他することで描き、もっと強烈です。セクハラに合う女性刑事、トップレスで仕事をする50絡みの女性エヴィ(フランシス・フィッシャー)。特に私はエヴィが強烈に印象に残っています。設定ではハンクの妻と同年代でしょうか?若造りでかつらを被り、トップレスで客の酌をする彼女の素顔は、どこにでもいる善良そうな、普通の中年婦人でした。独身女は頑張って出世すればエミリーのようなセクハラに遭い、これと言って技能がなければ、中年になっても裸になって、男に媚を売って暮らしていかなければならず、結婚すれば、ハンクの妻のように我慢を重ねるようになるのかと、暗澹たる気持ちになりました。これが現代のアメリカの全てではないでしょうが、一断面ではあるということに、驚愕します。

そしてマイノリティーへの根深い愛国者たちの差別心。ハギスは「クラッシュ」で中心にしていた事柄を、この作品でも挿入していました。

しかし暗く重い事実ばかりが描かれますが、後味は決して悪くはありません。署長(ジョシュ・ブローリン)が、あっさりエミリーの陳情に応えますが、署長も事の次第は薄々わかっていたはずです。それでも彼女に捜査させたのは、孤立する彼女に現実を認識してもらい、また孤軍奮闘する彼女の姿を同僚刑事に見せ、考えを改めて欲しかったのではないかと感じました。署長の意図は功を奏したようで、終盤では遅くまで仕事するエミリーに、同僚刑事は挨拶して帰宅します。

息子が殺されたと聞いた時、何故軍人にしたと夫をなじった妻。ハンクは息子が決めたことだと言い返します。しかし全て終わった後、過去を反芻する彼は、何故自分は息子の気持ちをわかってやらなかったのだろう、何故あの時息子がSOSを出したとき、通り一遍の励ましだけで終わらしたのだろうと、深く悔恨し、自分を責めるのです。

私はこの描写は素晴らしいと思いました。根っからの軍人であり愛国者である人が、軍人であり、軍人であった人生に、初めて疑問を持ち悔恨するわけです。なかなかこの境地に、人は辿り着けるものではありません。例え息子が亡くなったとしても。そしてハンクは、とある男性にラストで心から謝罪するのです。息子の死は、決して無駄ではありませんでした。いや無駄にしなかったハンクは、やはり立派な父であったと私は思います。

ジョーンズもセロンもとても良かったですが、私は出演シーンがほんの少しの、サランドン、フィッシャー、ブローリンが、とても印象深いです。これだけのシーンで、私が与えられた感想がたくさんあるのは、この人たちの好演あってこそだと思います。

ラストの出てくる、逆さまの星条旗。最初の方で全く逆のシーンを観た観客には、深い感慨が過ることでしょう。

今年はアメリカの現在を、戦争と絡めて描く作品が多数ありますが、私は「さよなら。いつかわかること」と、この「告発のとき」が白眉だと思います。戦場を描かずとも、反戦の心は描けるのです。平和に暮らす日本で、戦争について考えるのには、うってつけの作品だと思います。

07月03日(木)
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