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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「美しすぎる母」
母と二人きりの息苦しさから、何度も別れた父親に「戻ってきてくれ」と懇願するアントニー。なのに知らぬふりです。ブルックス自身、偉大な祖父、祖父の功績を台無しにした父を持ち、何をするでもなく、その遺産で暮らしている男です。母性ではなく、父性の呪縛により、大人の男とは成り得ず、皮肉と毒舌だけが長けた男になってしまっています。自分の手に余る妻を捨てて、自分を称賛し尊敬してくれる若い愛人に走ったことは、夫として父親として卑怯ですが、これまたブルックス的には自然だったのでしょう。
しかしこんな両親を持ったアントニーもまた、薬物に溺れ同性愛に走り、アダルトチルドレンめいて成長したのは、すごく理解できる。アントニーがずっと大切にしていた、とうの昔に亡くなった老犬の首輪。これは自分が育った環境で、曲りなりも幸せというものを実感した頃の、思い出の品なのでしょう。バーバラは幼ない時の息子を抱きしめるシーン以外、成長してからは、母親らしいことは何も画面で見せませんでした。そんな彼女が、血相を変えて首輪を探す息子をたしなめ、いっしょに探す姿は、とても母親らしいものでした。その直後、ずっと母に対して複雑な愛情と葛藤を抱えていた息子に殺されるのは、何とも皮肉です。
上流階級の人は、仕事しないで社交界にだけうつつを抜かすように描かれていました。当時としては羨ましかったのでしょうが、今の感覚では、トンデモなく退廃的です。この退廃さが、バーバラやアントニーの心を蝕んでいった気がします。それを覆い隠すような、エレガントで華やかな当時のファッションが素敵です。ムーアは元々「エデンより彼方に」や「めぐりあう時間たち」など、クラシックな時代がとてもよく似合う人なので、一層美しく感じました。
ジュリアン・ムーアが絶品です。本タイトルの「SAVAGE GRACE」(野蛮な優美)にぴったりの、獰猛でか弱い母親を好演していました。彼女なくば、ただのキワモノになったかも知れません。レッドメインも透明感溢れる雰囲気が、この作品の意図にぴったりで、とても良かったです。それとセックスシーンにまるで官能性がなかったことは、とても重要なのでしょう。そのおかげで観易くなりました。
アントニーが小さい頃のバーバラは、本当に幸せそうでした。母親とは、子どもが大きくなっても、毎日自分に愛情の全てを示す子供を、愛おしく抱きしめていた頃の幻影を、ずっと抱えながら生きている部分があります。私もその思いは、墓場まで持って行きたいと思うのです。バーバラの場合は、愛情は薄くとも、夫が傍にいてくれたら、あのような母親にはならなかったのにと感じ、同じ母として、ブルックスの不実をなじりたくもなるのです。
近親相姦しちゃう母親に同情させるなんて、すごいなぁ、ケイリン監督。
06月12日(木)
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