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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「その名にちなんで」
私自身は日本生まれで日本の教育を受けた二世なので、アメリカ生まれのゴーゴリと妹が成長に伴い、気持が変化するのも、よーくわかります。初めて訪れる文明の遅れたインドにげんなりする兄妹。私にもよーく覚えがあります。私が初めて韓国を訪れたのは14歳の思春期の時。今では信じられないほど発展した韓国ですが、当時父の故郷は済州島の中でもとりわけ田舎で、、農耕の牛が堂々と道を闊歩し、どの家も鶏が早朝から啼く中での三日の滞在は、大阪のど真ん中で生活する私には死ぬほど辛く、ソウルに着いた時は、涙が出るほど嬉しかったもんです。
ゴーゴリたちは自分がインド人であるとは、普段は全く意識する事はないでしょう。アメリカ育ちなので、血筋や同じインド人のとの付き合いを重んじる、インド式の思考や文化などは鬱陶しく感じるでしょう。親も友達感覚、自由闊達な周囲のアメリカ人が羨ましいのもすごく理解出来ます。それ故ゴーゴリが「とあるきっかけ」で湧きあがる父母への思いは、理屈ではなく彼の体に流れているインド人の血というものを際立たせます。
二世・三世にとって避けて通れぬのが異民族との結婚です。ゴーゴリのアメリカ人の恋人との行く末は、予定調和でいささか古くさい気がしましたが、同民族の女性との描き方は秀逸です。同じ民族であっても各々が別の価値観を持って生きており、別の人間です。結婚相手は民族の血ではなく、相手の人柄次第だという結論は、古くて新しい真理だと思います。
アショケが何故ずっと名前の由来を息子に伝えなかったのかは、自分の思いを息子に押しつけたくなかったのでしょう。何度も出てくる「アメリカは自分が決める国」という言葉。幼児であってもそうでした。アメリカ式の思考を重んじたのは、子どもの未来はインドではなく、アメリカでの生活にあるのだと、この聡明な父にはわかっていたからでしょう。なので息子に名前の由来を初めて告げたシーンは、親の思いが伝わる情感豊かなシーンとして、とても盛り上がりました。
私が本当に感情移入して観ていたアシマ。一世女性らしく常にサリーを着る姿は、映画ではあまり描かれていなかった偏見や差別を跳ね返す、彼女のインド人としての誇りで包まれ、本当に美しかったです。いつも良き妻良き母であることを一番にしていたアシマ。子どもの成長に伴い時間に余裕が出来ると、その時間は向上心に費やし、車の免許を取り司書の仕事に就くなど、女性の一生のモデルケースにしてもいいような半生です。子供を思う気持ちを残しながらも、子どもへの執着を捨て、見守りつつ互いに自立する道を選ぶ姿は、本当に見習いたいと思います。
この作品で唯一物足らなかったのは、アショケ一族と一家を、ハイブローなお金持ちに設定していることです。実際の移民は、頭脳流出より出稼ぎが多いはずです。そのため貧困や差別に対しては、希薄どころかほとんど描いていません。しかしお陰で、自分の体に流れる民族の血を思い起こさせるという、万人に観易く共感を呼ぶ作品になったとも言えるでしょう。同じような立場の私には、郷に入れば郷に従うが、決して民族の誇りを忘れないアショケ一家の心映えは、とても共感出来るものでした。監督の繊細な感受性で紡いだこの作品、あぁ観て良かったと思わす力のある内容だと思います。
01月18日(金)
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