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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「毛皮のエロス ダイアン・アーバス幻想のポートレート」
自分の全身の毛を剃ってくれとダイアンに頼むライオネル。これは愛の告白です。全身刈られた彼は、毛に覆われていた時のあの強いまなざしもなく、少し気弱で優しげな青年でした。異形の姿の時は、これほど心を強くしなければいけないものなのかと胸が痛みます。毛の下の繊細な彼は、いつものダイアンを導く存在ではありません。彼女を抱くのではなく、抱かれたかったのだと思いました。
二人で海に入る姿はとても幻想的で美しいです。ダイアンとライオネルのシーンでは、衣服や部屋の壁など青が象徴的に映し出されますが、それはこの海のシーンへつながっているかと感じました。哀しいはずなのに涙は出ません。この世の不条理から、ライオネルは解放されたと私は感じたからです。二人の真白い肌が印象的でした。
ニコールは髪をブラウンに染め、いつものゴージャスさを封印。地味で貞淑な主婦の心の解放を、メイクや服の力を借りずに好演。ハリウッド大作の彼女より数段魅力的で、素顔に近いメイクは今までのどの作品よりも美しかったです。ロバート・ダウニー・Jrは、ほとんどが特殊メイクなのですが、低くよく通る声が素敵で、容姿からは想像しにくいライオネルの豊かな感受性と知性を感じさせて、出色の存在感でした。「ゾディアック」とは全然違う役柄で、本当にカムバックしてくれて嬉しいです。
死しても、彼女の才能を開花させようとするライオネル。それを示唆するアルバムを観ながら微笑む彼女。涙がないのが、やはり普通の男女とは違うのですね。男女の愛もあるけど、同士愛も感じます。夫や子供たちに詫びの気持ちを抱きつつ、ダイアンは写真家として羽ばたきます。映画の冒頭おどおど不安だった彼女は、ラストではライオネルが異形の時に放っていた、あの力強い瞳で被写体を観ていました。この時代、こう言う人たちを撮るのは勇気がいることで、その勇気はライオネルが与えてくれたのでしょう。
本物の異形の人たちがたくさん出てきますが、見世物小屋的好奇心ではなく、ダイアンの視点で愛情を込めて撮っているので、観てはいけないものを観るような、居心地の悪さはありません。これは真のダイアン・アーバスの気持ちを汲んで欲しい思う、監督スティーブン・シャインバーグの願いが込められているのかも知れません。人によっては変態映画かも知れませんが、異形を生きる人・魅せられた人・それを理解したい人を繊細な感受性で撮った、とても真面目で上品な作品です。たぶん私の今年のベスト10に入る作品かと思います。
06月21日(木)
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