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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「善き人のためのソナタ」
それをわかりやすく体現してたのが、強い印象を残すクリスタだったような気がします。女優としての名声に自信がなく、いつもこの生活に暗雲が立ちこめたらと不安で、禁止されている薬物が手放せない繊細な神経を持つ彼女。権力者の大臣の誘いを拒めず、女性として深く傷つきながら、恋人であるドライマンには、その辛さを打ち明けられません。打ち明けたところでこの国では、恋人は怒り哀しみ、そして深く悩むだけ。彼女なりの思いやりなのです。人一倍か弱い彼女が理解出来るだけに、とても痛々しい。血や暴力を見せつけずとも、国家権力に抑圧された怒りは、こんな男女の愛で情感豊かに描けるのですね。

ヴィースラーがドライマンだけではなく、クリスタにも心を寄せたのは、哀しい彼女の心をドライマンが受け止めた時からではないでしょうか?自分の夢であるドライマンの愛するクリスタは、ヴィースラーにとっても守りたい愛したい女性なのですね。自分の身分を隠し彼女へ助言するヴィースラー。二人が愛情を確認する様子に、初めて笑みを浮かべるウィースラーが愛しくなります。

後半は国家に反抗するドライマンを、必死で守ろうとするヴィースラーが描かれます。とてもハラハラするのですが、あくまでサスペンス的味わいではなく、ヒューマニズム的に描かれます。多分このことで、シュタージでの自分のキャリアがなくなってしまうだろうことは、彼にはわかっていたでしょう。ヴィースラーが守り通したドライマンは、そんな彼にある素敵なプレゼントを贈るのです。「私のための本だ」と微笑むヴィースラーは、以前の切ない笑みではなく、活力のある笑みでした。この贈りものは、きっと彼に文学や音楽に親しみ、愛する人を求める世界を与えてくれるでしょう。ヴィースラーが孤独な生活から抜け出して豊かな人生を送って欲しいと願う、ドライマンの気持ちが込められていると、私は感じるのです。

主演のウルリッヒ・ミューエは、自らもシュタージに監視され、長年妻や友人が密告していたという、哀しい過去があるそうです。この役を引き受けたのは、心の痛手を乗り越えたからでしょうか?ほとんど感情を露にしない役ですが、ヴィースラーの心のひだまで観る者に伝わる名演で、私は素晴らしかったと思います。監督・脚本はこれが初作のフロリアン・ヘンケル・フォン・ド・ナースマルク。監督は幼い頃西ドイツへ家族と移住したそうで、東ドイツの親類宅に行くと、いつもピリピリした親戚を見て疑問に思っていたそうです。国家権力が国民の自由を奪う恐ろしさ、そのことに戦う人々の勇気を、過剰な煽りを一切排し抑制の効いた演出で、情感豊かに品格のある造りで見せてもらい、まだ33歳と聞き本当にびっくりです。長い名前ですが、必死で覚える値打ちのある監督さんだと思います。

03月24日(土)
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