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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「明日の記憶」
二人で食事をしていると、突然佐伯が「こんな情けない男でごめんなぁ」と泣きじゃくります。泣きながら慰める妻が、一人庭に出てひとしきり泣いた後、「泣かない泣かない」と健気に涙を拭う場面以下、これから私はずーと泣くハメに。鼻もすするわ嗚咽も出るわ、もう大変なことに。

佐伯は会社人間で、娘が非行に走った時も、入試に落ちたときも家庭にはおらず、妻は一人で家庭を守り、実際病んだ夫に昔のことを食ってかかる場面もあります。女と言うのは、夫がすでに忘却の彼方のあんなことこんなことも、全て覚えていて、結婚して何十年経っても昔のことを持ち出すものなのです(もちろん私もそうだ)。気丈で優しい妻も、やはり妻は妻。ストレスが溜まれば、一瞬夫が元気だった頃に戻ってしまうのです。この辺の夫婦のリアリズムに、ほとほと感心してしまいました。

結婚生活が長くなると、一度や二度離婚しようと考えなかった人はいません。私も世界中で夫が一番憎かった時があります。枝実子だとて同じ気持ちを抱いていたはずです。しかしその気持ちを乗り越えたのは、あきらめたのでもなく、生活のためでもなく、もちろん子供がいたからでもありません。これが私の夫なのだと、いつしか受け入れるようになったからです。そういう気持ちになると、相手が同じ事をしても、今までわからなかった自分への詫びや感謝が見えてくるのです。世界一憎かった辛さに比べれば、病んだ自分だけが頼りの夫を支えることは、むしろ妻の生きがいにもなるのです。これは枝実子や私だけはなく、多くの古女房が抱く感情だと思います。自分を思いやる親友が差し出す施設の案内を拒否する妻の、独身の親友への、一見無神経な「あなたにはわからない」の言葉は、これだけの意味が詰まっています。

家に引きこもってからの佐伯を演じる渡辺謙は、まだ実年齢は46〜7歳のはずなのですが、一気に老け込んで見え、見事な患者ぶりで感嘆します。それ以外の演技も素晴らしく、プロデューサーとして惚れこんだ作品と言うだけのことはあり、今年の日本映画の主演男優賞は決まった感まであります。樋口加南子もただ強さと哀しさを漂わす母的演技ではなく、妻としての夫への細やかな感情を浮き彫りにして、大変好演でした。その他ミッチーや遠藤憲一、寓話的に登場する大滝秀治などの演技派のお芝居も忘れ難く、作品を暗さ一辺倒から救っていたと思います。

しかし暗さを救った一番の勝因は、孫の誕生でしょう。ミッチー先生の語る「人は必ず老いていく」との感慨深い言葉と折り合いをつけて行かねばならない身には、新たな自分と血の通う生命の誕生ほど、救われるものはありません。でも娘梨恵とて、子育てでままならぬ身を、実家で安らぐことは叶わないはず。そういう寂しさや、父と母を通して、新婚夫婦には感じるところがあるはずなのに、その辺の描写はありませんでした。あれば完璧だと思いますが、まっいいっかー。

ラストどこへ出かけたかわらない夫を、妻が探し当てますが、これは映画的偶然ではないと思います。私も夫がああなったら、探し当てる自信があります。ああいいシーンだと思ったら、夫は妻がわからなくなっているという残酷さ。しかし初めて妻を見るような夫は、妻に好意をあらわします。「エターナル・サンシャイン」でも描かれたように、人は記憶を失っても、愛する人は忘れないのです。

とてもリアリティに溢れていいますが、希望の持てる映画的フィクションも加えているのはわかります。リアリティ一辺倒で心が痛みで張り裂ける作品ではなく、「明日の記憶」は、それが観客に愛される、共感を呼ぶ作品です。この作品を観たご主人様方の一番の感想は、妻に会いたくなった、だそうです。私も早く帰って夫の顔が観たくなりました。育ててもらった親より愛して結婚し、やがて子供が生まれその子たちが誰より大切になり、そして巣立った後、世界中で一番欠けがえのない存在になる夫婦。そんな夫婦の不思議と絆が、愛情を込めて誠実に描かれていました。結婚20年以上経ったご夫婦には必見の作品かと思います。その他の方々も、どうぞご覧になって下さい。

05月15日(月)
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