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声優さんと映画とアニメと
by まいける2004
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■ターニングポイント
自分にとってのターニングポイントっていうのは何か、それはその時には気がつかないものだ。数年あるいは10年以上経って振り返ってみたときに、あああれがそうなのかって思うような、そういう物なんだと思う。
ゴルドランのDVD−BOXを手に入れました
ワルターワルザックといえば、ブレードのDボウイ以降、暗い無口な役ばかりが回ってくることに悩んでいた森川さんが、この作品で弾けて吹っ切れたとコメントしていたのを読んだ記憶があったので、どうしても見てみたかった作品です。今観ているビーストウォーズメタルス(後1本DVDが残ってます)を見終わったら、つぎはコレに挑戦する予定。これで森川さんの演技のターニングポイントをじっくりと確認したい。
BOXの中の冊子に、監督の高松氏のコメントがあった。
悪役のワルターは最初極力スタンダードに作ったはずだったのだが、後半は結構めちゃくちゃなキャラになった。そしてキャストに関係するコメントで南央美さんがノリノリで演技をしてくださった等のコメントの最後に
「・・・ワルター役の森川智之さんもジェイデッカーでは正統派の二枚目だったのに、完全にギャグの人になってしまって。ワルターのキャラクターは、森川さんから影響を受けた部分も大きいと思います。」
と書かれていました。
監督さんから、こういうコメントをいただける役に巡り会えたという点で、これは運命だと思います。この、森川さんのターニングポイントとなったワルターという役、決して周囲にお膳立てされた上でのギャグキャラを単に一生懸命演じたのというのではぜんぜんないという事です。森川さんは、この時期じわじわと根暗無口の美形キャラ担当という固定されつつあった自分の役者としてのイメージを打破するべく、殻を一つ自力で突き破って、自力でワルターというキャラを開拓し物語りの中で立たせたのだという、非常に重要な監督さんの証言です。ものすごく興味深いです。
森川さんがこの役をターニングポイントしたわけです。
そう言えば、外画ドラマでのターニングポイントをご本人が声優グランプリのインタビューで言及しています。たどり着けばアラスカのネイティヴ・アメリカンの青年エド役、これもおかしな変な(愉快とも言います、笑)役でした(全部は見てませんが、かすかに記憶あり、森川さんだと知らずに見てました)とても面白い事に、ゴルドランの放送が1995年の2月から約1年間で、たどり着けばアラスカのWOWOWでの放送も1995年あたりから1996年まで、すなわちほとんど同時期なのです。まさに役者としての大きなターニングポイントの時期が1995年だったのだと思います。
森川さんのアニメでの名前の有る初めての役が1989年のダッシュ四駆郎の加藤隼、それ以前はその他大勢の一人であった彼が、ついに表舞台への小さいステップを登り出した最初の一歩。22才、デビューから約2年目?森川さんの場合勝田の生徒の2年目本科生のころからナレーションや教材などのアルバイト的なプロ仕事をはじめてる関係で、ご本人も正式なデビュー作を覚えていないとコメント、おそらくガヤや名無し役でちょろちょろいろいろな作品で声を出し始めたのは1988年21才頃からだと思います。(勝田で発声のお兄さんの仕事もしてたんですよね、笑)
そして3年後の25才1992年、ついにテッカマンブレードで主役を射止める。これが最初の大きなターニングポイントですね。実はこれは彼を悩ませるきっかけになるターニングポイントではあったのですが・・・
そう、ファンクラブができたのも1994年頃からですよね確か・・・おまえらを始めたのも1995年末、満天のお芝居をはじめたのが1994年末から・・・こういう事実を並べてみると、彼がいろいろな事を一斉に始めた時期が1994年末から1995年であるわけで、おそらく彼の内側に溜まったさまざまなものが大爆発して噴出し始めた時期なんだなぁと実感。
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01月22日(日)
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