ID:102711
声優さんと映画とアニメと
by まいける2004
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■若さまを何と呼ぶのが好感度アップ?
WAを聞くと、原作を読む以上に伝わる久保田の魅力というものは、とどのつまり、役者森川智之が彼なりの解釈で構築した久保田像であり、あの独特の間と抑揚によるところが大きいのだと思う。
ふと、柔らかくて甘くて不思議な若王子というキャラがフラッシュバック。
若王子も久保田も、よくよく突き詰めてみると、森川智之という役者さんの演
技の特長が非常によく見えて来るキャラクターじゃないかと・・・
他の、例えば彼が楽に易々と演じてしまうような典型的なクール系の役とは異なり、むしろ、こういうキャラクター、彼が産みの苦しみを味わって悩みながらも台本や原作をとことん読み込んで、考えに考え抜いて作り込む役(楽に演じられない役)にこそ、彼本来の才能を実感できると感じます。
演技者としての、彼独特の必殺最強な部分、最高峰の演技テクニックの数々が大いに味わえるのです。特にドラマCDやゲームなど、演技者の自由度が高く、感情表現のためのセリフの抑揚、しゃべる時のスピードコントロールと息づかい、そして息の抜き加減の総てが、微に入り細に入り表現されているノウハウの極意が見えてきます。
そんなわけで、最強の若王子先生が、ただいま全国各地の自称乙女をノックアウト中。
一方でアニキキャラの真骨頂、戦国BASARA2の片倉小十郎は、伊達政宗大好きな全国のBASARAファンを狂喜させる素敵キャラのようで、ファン激増中。いずれも最近の森川さんの著しい演技の幅の拡大傾向と仕事の緻密さの濃厚度アップ傾向を証明する代表作として挙げてよいと思います。
以下たわごとです
ここで一つ見えてきたことが・・・
演技世界にも閉塞感というのがある・・・たとえばアニメ。
アニメ界が粗製濫造になっていることと、原作不足、脚本家不足(昔からですが、アニメはごく少数の脚本家をほとんど全部使い回し状態)が顕著であるがゆえに、新たな個性的なキャラの構築を難しくしている。いつもさほど代わりばえしない類型的な複数のキャラパターンだけで、総ての物語の登場人物のバリエーションが出尽くしてしまっている感じがする。まれに、突拍子もない個性的なキャラが出現するが、最近ではまれ。
一方の演じる役者さん、彼らもまた使い回されているわけで、特に特定の役で役者さんが構築したキャラが非常に人気がでた場合、その人気にあやかって、多数の別作品でも似たイメージを持ち込んでしまうので、キャラの個性の確保がだんだん難しくなってくるほどに、同じようなイメージが求められてキャスティングされる事が多いという悩みまで役者さんに与えてしまう。
そんなこんなで、役者さんがアニメメインでだけ仕事をやって居ると、閉塞した演技のパターン化の中に埋没してしまい、いつしか閉鎖ループの中に自分の総てを固着してしまう、そんな人に心当たりがある・・・(あえて誰とは書きませんが)ところで、同じ声での演技の仕事でありながら、アニメとは全然違う仕事がある。それが外画の吹き替え。吹き替えとアニメ、同じ声の仕事であっても、演技アプローチもテクニックも両極端の仕事であり、これらを交互にやっていれば、役者の根幹の部分に沢山の刺激と栄養が行くのではないだろうか。
役者として、非常に器用な人でないと、両方を高いレベルでこなせないことは周知の事実であり、大多数の役者さんは、どちらかが上手くてどちらかは余り上手でない場合が多い。
最近、この類型の閉鎖ループから脱出しつつあり、吹き替えの仕事が急増中の中に三木さんが居る。だからこそ、森川三木で構築される春抱きや冬の蝉が楽しみで仕方がない。
金曜の23時ごろにweb拍手を連打くださった方、有り難うございます。
その他、拍手、メールありがとうございます。40歳の童貞男の試写会アナウンスはその後いかがでしょうか?(今日は関西に居るので確認できません)
ワンピースの時代劇編のDVDが出たので買いました。
はじめて蛸のはっちゃんを観ました(出番はほんとにちょっとですが)
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08月06日(日)
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